Original > 紡唄[Text]
7月7日
「ねーぇ、鷹クン、今日は何の日か知ってる?」
 満面の笑みで問いかける小夜に対し、鷹匠は首を傾げる。小夜は表情はそのままに暦を示し、その指先を視線で辿ると7という数字に行き着いた。
「今日は7月7日……すなわち七夕よ!」
「そうだな」
「鷹クンったら反応が薄〜い!」
 少し頬を膨らませて見せた小夜は、次に傍らの絵本を開いて見せる。可愛らしい絵で綴られたその絵本は、7月7日にまつわるもの――七夕の伝承に関するものだった。
 一体どこで見つけてきたのやら、出所に関しては今は置いておくことにする。
「七夕っていうのはね、織姫と彦星が1年に1度だけ会える日なのよ! それって何だか素敵だと思わない?」
「素敵、か……。もし小夜が織姫と同じ立場だったらどう感じるのだろうな」
「んもう、お話はお話よ! そりゃアタシは鷹クンと四六時中一緒にいたいわ!」
「確かに、少し意地の悪い質問だったな」
「……鷹クン、何だか元気ない?」
 楽しそうにしていた小夜だったが、ふと何かが引っ掛かったのか、声のトーンが静まる。対する鷹匠は、小夜の唐突な問いかけに幾度か瞬きを繰り返した。
「……そう、見えるのか?」
 小夜はしばしば鷹匠自身すら意識をしていない行動に気づくことがある。小夜がそう感じたのなら、今の鷹匠は自覚がないだけで、元気がない状態なのかもしれなかった。
「そういえば、鷹クンはいつもアタシが何の日か聞いた時にはまず暦で日付を確認するのに、今日は始めから分かってたみたいね」
 小夜の図星の指摘に、鷹匠はますます目を丸くする。珍しくあからさまに驚く鷹匠が面白いのか、小夜は少し得意げに続けた。
「もしかして、今日は鷹クンにとって何か他の大切な行事がある日なんじゃない? 例えば昔――」
 そこで小夜はしまったと口をつぐんだ。
 ここでは何となくお互いに過去には触れないという暗黙のルールのようなものができている。ここで言う“昔”という単語は生前――妖と化す前のことを指したのだろう。
 妖と化すくらいだ、それぞれがそうなるだけの要因を抱えていることは容易に想像がつき、もちろん、それは鷹匠も小夜も例外ではない。最も、それを話すことを拒むか、そもそも覚えていないのかということはまた別だが。
「まあ……そんなところだな。私もはっきりと覚えている訳ではないのだが」
 気まずそうに縮こまる小夜に、鷹匠は1冊の古めかしい書物を取り出すと、軽く放って渡す。
「これって……鷹クンの国の歴史書?」
 小夜は興味津々といった風に書物を捲り始めた。こうして自分の生きた道筋が歴史書という形で語り継がれているのは不思議な気分だが、今更何と書かれていようがさほど気にはならない。
「あっ……」
 ふと小夜の手が止まる。驚いたように書物と鷹匠を見比べる小夜の様子がおかしくて、鷹匠はクスリと笑みを零した。
「な、何で今笑ったの!?」
「いや、小夜の驚きようが面白くてな」
「アタシは面白くないわよ! どうしてこんな大切なことを教えてくれなかったの?」
 小夜は頬を膨らませながら書物のとある一文を指し示す。
 ――そこには生誕日の文字。日付は7月7日。
「鷹クン、今日が誕生日じゃない!!」
「だから何という訳でもないだろう。私は既に1度死んだ身なのだから」
「それでも鷹クンが生まれた日には変わりないわ! むしろ1度死んでるなら、命日も妖としての鷹クンの誕生日とも言えるじゃない!」
「妙にポジティブな意見だな。言われてみれば、そうとも言えるかもしれない……が、なぜそこまで拘る?」
「なぜって……鷹クンが生まれた日だからじゃない」
 興奮気味だった小夜の声のトーンが一気に落ち着いたものになる。
「確かに鷹クンも色々とあったかもしれない。でも、鷹クンが生まれなかったらアタシと鷹クンは出会えなかっただろうし、アタシはずっと独りだったかもしれないわ」
「ふむ……それも一理あるな。だが、私は宴というものが好きではない」
 きょとんとする小夜の頬に指を伸ばすと同時に、その手から書物を抜き取って放る。
「だから、小夜が祝いたいというなら、2人きりで祝ってくれないか?」
「……鷹クンったら、そういうの反則よ!」
 こんな風に大切な人が祝福してくれるのなら誕生日も悪くない。勢いよく抱きついてきた小夜を抱きしめ返しながら、鷹匠はしみじみと思うのだった。

// [2013.07.07]