Original > 紡唄[Text]
呪印
「おや、拾い物ですか」
 身に蛇を宿す少女に連れられてやってきた薄暗い洞穴の奥から現れたのは、少年とも少女とも分からぬ半蛇の幼子だった。ここの主らしき者の問いかけに、少女は無言で頷く。
「どうやら蛇憑きのようなので。そのままにしておくのも勿体ないですし、蛇様のご指示を仰ごうと思いました」
「蛇憑き、ですか……」
 ゆっくりとエリカに歩み寄る彼の姿は、少女よりも幾分か幼く見えるが、強力な妖ほど若い姿を取りたがるという話を耳にしたこともある。彼の見た目の幼さと、それに似合わぬ圧倒的な存在感は、彼がそんな存在であることを示しているのだろう。
「ふむ、なかなかにワタクシ好みですね。丁度前の贄にも飽きてきたところです」
 贄――突然発された物騒な言葉に、エリカは身をこわばらせた。それを一目で見抜いた主はクスリと笑う。
「贄と言ってもワタクシの遊び相手のようなものですよ。まあ、飽きたら食べますけど」
 フォローのつもりなのだろうか。悪戯に恐怖心が増しただけな気がするが。得体の知れない者に弄ばれた挙げ句に食べられるなど、誰が好き好んで従うのだろう。
 主の視線はそんなエリカの思考を見透かしたかのように突き刺さる。
「言っておきますが、どんな形であれここに来てしまった以上、アナタに拒否権はありません」
 とんでもないことを淡々と言ってのける。何とか見逃してもらえないかというエリカの願いも、早々に打ち砕かれてしまう。
「一応ここは神域なので、俗に言えば踏み込んだら最期、二度と戻れない〜みたいな感じでしょうか。問答無用で食べられるよりは贄の方が断然楽しいと思いますけど」
 何が楽しいのか。どうせ楽しいのはこの主だけで、こちらには苦痛しかないに決まってる。密かに心中で毒づいてみたところで、ふと蛇の少女の存在が脳裏を過る。
 自分をここに連れてきた彼女が今の贄なのだろうか。それにしては妙な行動だ。
 下手に言葉を発しただけで取って食われそうな空気を感じながらも、エリカは恐る恐る主に問いかけた。
「1つ、質問してもいいですか」
「ええ、どうぞ」
「彼女もその“贄”なんでしょうか、それとも――」
 下手に誤魔化すのは無駄だろうと判断し、あえて直球の質問をぶつける。主は僅かに首を傾げると、相変わらずのトーンで答えた。
「マリカは違いますよ〜、部下といったところでしょうか。そもそも彼女は元々こちら側の存在ですし」
 マリカと呼ばれた少女はちらりとエリカを見たが、特に何も言わなかった。
 彼女がこの主の部下というのなら、エリカを連れてきたことにも合点がいく。恐らく今の贄も彼女が連れてきたのだろう。
 この得体の知れない主の贄になるなど、真っ平ごめんだ。しかし、少女に命を救われたことは確かだ。彼女がそれを望むなら、彼女に救われたこの命を彼女の主に捧げるというのも道理なのかもしれない。
 丸で屁理屈だが、エリカはそれで納得することにした。
「で、ワタクシの贄になる覚悟はいいですか? どうしても嫌だというのなら今すぐ食べてあげてもいいんですけど」
 本当に人の心中を見透かしているようなタイミングだ。彼に隠し事は無意味だろう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。印を刻んでしまえばワタクシが尊くて仕方なくなりますから」
 主の着物の裾から小さな白い蛇がするりと這い出し、その赤い瞳がじっとエリカを見据える。蛇に睨まれたカエルもこんな気持ちなのかもしれない、そんなことをぼんやり思うエリカの身体を白い蛇が這い上がり、首筋に牙を立てた。

// [2013.09.16]