Original > 紡唄[Text]
少女が魔女になった時
「私、カメリアの力になりたいの!」
 突然の言葉に、カメリアは呑みかけた紅茶のカップを置き、声の主――ドロップの方を見た。
「私、カメリアの力になりたい!」
「繰り返さなくても聞こえているわよ。突然どうしたの?」
 僅かに首を傾げるカメリアに、ドロップは尚も真剣な表情で続ける。
「私もこのお屋敷にいるからには、ただいるだけじゃイヤだなって思ったの。だから、カメリアのお手伝いをさせて欲しいの」
「アナタは私に愛でられ、血を供給するという役目があるわ。何が不満なの?」
 ドロップは魔力こそ高いが、魔術を扱える訳でもない普通の少女だ。そんな彼女ができることなど、たかが知れている。
 だが、ドロップはそうじゃなくて、と続ける。
「カメリアは大切な人を止めようとしてるんでしょ? 私もカメリアの願いを叶えたい」
「別にルーンはそういうのじゃないのだけど……一時期、共に暮らしたよしみとして、後始末をしてやろうってだけよ」
「それはカメリアなりの優しさでしょ? カメリアは素直じゃないから」
 満面の笑みでそう言うドロップにカメリアは少し眉根を寄せたが、特に肯定も反論もしなかった。
「で、アナタは魔術すら使えないじゃない。私に魔術を教えろとでも言うのかしら」
「ううん、そうじゃないよ。それじゃ時間がいくらあっても足りなさそうだもの」
 どうやら深い考えのない、勢いだけの申し出とは違うらしい。ますますドロップの思考が読めない。
 そういえば、ドロップをこの屋敷に連れてきた時は、まだカメリアよりも幼い容姿だった。それが、今ではカメリアよりも年上に見えるほどまでに成長している。
 ドロップも、いつまでも幼い子どものままではないということだろうか、そんな考えがカメリアの脳裏を過る。
 そして、ドロップの次の言葉は予想だにしていないものだった。
「私と契約して欲しいの」
「……契約?」
 契約。人間と吸血鬼の契約。契約の形態は幾つかあるが、どれであれ、人間が触れれば代償を伴わないものなどない。
 確かに“ただの少女”ではなくなるのだから、ドロップが「カメリアの力になる」こともできるのかもしれないが……
「生憎だけど、アナタを吸血鬼にするつもりはないわよ。だって、血を貰えなくなっちゃうもの」
「ううん、そうじゃないの」
 眷属になる、という形態でなければ、眷属にする、という形態のことだろうか。しかし、それは術師が相手を越える力を持つ、あるいは屈服させる術を持っている場合でのみ成立するものだ。
 とてもではないがドロップにそんな力はないし、今の彼女がそれを分かっていないとも思えない。
 思案を巡らせるカメリアに、ドロップは再び真剣な眼差しで言った。
「私を貴方の魔女にして欲しいの」
「……アナタ、それがどういうことか分かって言っているの?」
 本日何度目か分からない予想外の言葉に、思わずカメリアの語気が強まるが、ドロップが怯むことはなかった。にっこりと笑みを浮かべたまま、言葉を返す。
「うん、分かってるよ。魔女の契約は魂の契約、でしょ?」
「誰から聞いたの?」
「ミモザが教えてくれたよ」
 あの悪魔め、とカメリアは内心毒づく。まあ、彼は比喩ではなく正真正銘の悪魔なのだが。
「カメリアにとっても悪い話ではないと思うの。駒は多いに越したことはないでしょ?」
 ドロップは少し身を乗り出しながら、もう一押しと言わんばかりに付け加える。彼女は自らを駒と言いつつも、カメリアが自分が所有物と定めたものを無下には扱わないことも分かっているのだ。
 最早断る口実も思いつかず、カメリアは諦めた風に小さく溜息を吐いた。
「……そこまで言われてしまったら、断る理由がなくなってしまうわ」
 仕方なく承諾の意を示したカメリアに、ドロップは満面の笑みを浮かべた。
「改めてよろしくね、私の吸血鬼さん」
「精々私のために働きなさい、とでも言った方が雰囲気が出るのかしら」

 ――こうして少女は魔女になった。

// [2017.05.13]