Original > 紡唄[Text]
吸血鬼の館
「という訳で、アナタたちに正式にこの館に住む権利をあげるわ」
 ソファに堂々と腰掛け、そう宣言するカメリアに、雲雀と夜鷹、金糸雀は顔を見合わせる。
 突然住んでいた場所を失った3人にとっては願ってもないことだが、流れるように館に招き入れたカメリアに疑う余地がないとは言い切れない。始めに口を開いたのは金糸雀だった。
「あの、カメリアさ……いえ、おねえ、さま?」
「そこは普通にしてくれていいわ。私も別にアナタの姉として振る舞おうとは思っていないのだし」
「では……カメリアさん、本当に私までここで暮らしても大丈夫ですの?」
「うちの使い魔は優秀なの。今更1人や2人増えたところで何も問題はないわ」
 カメリアの側に控える使い魔――オリーヴェは少しだけ眉をひそめたが、特に何も言わなかった。ああ、主人の無茶振りには慣れているんだろうな、と3人は内心で密かに同情する。
 そんな彼女の主人は、楽しそうにオリーヴェの方を見ると、更なる要求をする。
「じゃ、オリーヴェ、館の案内は任せたわ」
「ええ、そうくると思っていましたとも」
「大丈夫だよ、オリーヴェ。私も一緒に行くからね」
 すかさずカメリアの傍に座っていたドロップがフォローになっていないようなフォローを入れるが、オリーヴェは相変わらず難しそうな顔をしている。ワガママなカメリアと純粋なドロップはある意味凶悪なコンビなのかもしれない。
「他に質問はあるかしら? ないのなら、オリーヴェに館を案内させるけど」
「じゃあ、1つだけ……ずっと気になっていたんだが、向こうの棟は――」
 雲雀が質問を口にした途端、カメリアの表情が不機嫌さを帯びる。何かまずい質問をしてしまったのかと、雲雀は慌てて言葉を切ったが、どうやらそうではないらしい。
 廊下から響く足音が近づくにつれてカメリアの表情は険しさを増し、彼女の余裕そうな姿しか見たことがなかった雲雀たちは、何か良からぬものが近づいていることを感じとった。
「やあ、カメリア」
「……ごきげんよう、おじさま」
 その足音の主は銀髪の青年だった。彼の朗らかな挨拶に対し、カメリアは険しい表情のまま、そっけなく返す。
 どうやらカメリアはこの青年が少し苦手らしいことが見て取れた。
「一体何をしに来たのかしら。こちらは私が好きにしていいという約束だったはずだけれど?」
「カメリアが新たに住人を迎えると聞いたものでね。別に口を出すつもりはないが、この土地の管理者として、少し見てみたいと思っただけさ」
「……そうね、紹介くらいはしてあげるわ。丁度説明するところだったし」
 カメリアは小さく溜息を吐くとソファから立ち上がり、青年の隣に立つ。カメリアのこの態度はいつものことらしく、オリーヴェもドロップも、青年も気にする様子はない。
「彼はクララおじさま。あっちの棟は彼の住居よ。おじさまと言っても血の繋がりはないから、一緒にしないで欲しいわね」
「厳密に言うと、俺を吸血鬼にした主は彼女の母親だから、見方を変えれば血を分けた伯父とも言えるんだけどね。ああ、その説でいくと夜鷹は孫になるのかな」
「……そう、もう彼らの素性まで知ってるのね。相変わらずの地獄耳だこと」
 ふんと鼻を鳴らし、カメリアは再びソファに腰掛ける。そして、クララの視線の先を確認すると、眉をひそめた。
「先に言っておくけど、夜鷹は私が見つけてきたのよ。おじさまにはあげないわ」
「おや、ここに住まわせてあげている駄賃として、少し触らせてくれても良いんじゃないかい?」
「今までそんな要求したことなかったじゃない。駄目よ」
 言い争いを続けるカメリアとクララに、一方的に巻き込まれる形となった夜鷹は小さく溜息を吐く。
「ふふっ、タカちゃんは人気者だね〜」
「ところで、何であのおじさまとやらは夜鷹を狙っているんだ? 少年好きとか、そういうアレなのか?」
 傍に寄ってきたドロップに、雲雀が小声で尋ね返す。ドロップはにこやかな表情を崩さぬまま、その疑問に答えた。
「クララさんは幼い少年にイタズラするのが大好きなんだ、ってカメリアが言ってた。使い魔も小さくて可愛いんだよ」
「うわっ……」
「ロクでもないですわね……」
「夜鷹、アレにはなるべく近づかない方が良い」
 雲雀と夜鷹と金糸雀は注意事項を確認すると目を合わせて頷き、カメリアとクララに視線を戻す。
「……にしても、カメリアさんにも少女らしいところがあるんだな」
 クララと言い争うカメリアは年頃の少女にしか見えない。雲雀の言葉に夜鷹と金糸雀も納得し、吸血鬼の館での新たな生活に対する不安は少しだけ和らいだのだった。

// [2017.06.04]