Original > 紡唄[Text]
【魔術師の章】小ネタ : [十字の首飾り]
《雲雀》
 「………」

突き刺さるような視線を背中に感じ、そっと振り返る。
すると、物陰からこちらを見つめる紫色の目と合った。
紫色の瞳に金色の髪の少女――いや、見た目は少女だが、ただの少女ではない。
それは少女の頭上で動く兎のような耳と、額に生えた立派な一本角が物語っている。

《雲雀》
 (確か種族はアルミラージだっけ。それで、名前は……)

アルミラージ――外見こそ兎に似て可愛らしい姿だが、その実、非常に獰猛な肉食獣で人を食らうこともあると言う。
目の前の少女はどちらかと言うと大人しく、とても獰猛とは思えないのだが……

《雲雀》
 「ええと、アジュガ、だっけ……? 俺に何か用?」
《アジュガ》
 「………!」

アジュガは一瞬びくりとしたが、表情を変えることなく、雲雀に歩み寄ってきた。
そして、人差し指で雲雀の胸元を指し示すと、ぽつりと呟く。

《アジュガ》
 「……それ」
《雲雀》
 「ああ、この十字の首飾り? これがどうかしたのか?」
《アジュガ》
 「バーベナがしてたのと同じ。何故あなたが?」
《雲雀》
 (バーベナ……?)

聞き慣れない名に雲雀は困惑するが、アジュガの視線は揺らがない。
じっと雲雀を見つめ、返答を待っている。

《雲雀》
 「この十字は俺の爺さんだか婆さんだかが骨董品屋で見つけたと聞いてる。
  何でも大魔術師が遺した魔導具らしいが……バーベナってその人のことか?」
《アジュガ》
 「そう……雲雀はバーベナを知らないのね」

アジュガはそっと指を下ろしたが、視線は変わらず雲雀の胸元の十字に向いている。
きっと、アジュガにとって、そのバーベナという人物は特別な人なのだろう。

《雲雀》
 「……そんなに見つめられても、これはあげられないぞ。
  一応、俺にとっても大切な物というか、父さんの形見な訳だし」
《アジュガ》
 「ううん、欲しい訳じゃないから。雲雀が大切にしてるなら、それでいい」
《雲雀》
 「……そうか」
《アジュガ》
 「………」

それっきり会話が途絶えてしまう。
アジュガの視線の先は相変わらずなため、そのまま去るのも少し戸惑われてしまい、雲雀は慌てて次の話題を探す。

《雲雀》
 「えーと、その……それで、そのバーベナって人も魔術師だったのか?」
《アジュガ》
 「ううん、バーベナは魔女。……でも、前は魔術師だったって言ってたかも」
《雲雀》
 「魔術師が力を求めて悪魔に魂を売って魔女になる、なんてのはよく聞く話だが……
  魔女になったってんなら、魔導具なんていらないだろうに」
《アジュガ》
 「バーベナは御守りだ、って言ってた」
《雲雀》
 「御守り? 何か、ますますよく分からない人だな……」
《アジュガ》
 「うん、バーベナはそういう人だった。魔女だけど、争いは好きじゃないって」
《雲雀》
 「俺が見たことのある魔女は割とガツガツしてたから、不思議な感じだな。
  まあ、魔女にも色々いるってことか」
《アジュガ》
「そうね。バーベナよりも、村に来た魔術師の方がもっと――」

そこでアジュガはそっと目を伏せ、言葉を切る。
雲雀もそれ以上は何も聞かなかった。


〜〜〜


《雲雀》
 「カメリア…さん、ちょっと良いか?」
《カメリア》
 「あら、雲雀から私に話しかけてくるだなんて、珍しいこともあったものね」

いつものように窓際から少し離れた日陰で紅茶を呑んでいたカメリアは、サイドテーブルにカップを置くと、雲雀の方へと向き直った。

《雲雀》
 「さっき、アジュガと少し話をして……
  カメリアさんもこの十字の首飾りを前にも見たって言ってたよな?」
《カメリア》
 「そもそも私がアナタの屋敷を襲ったのも、その十字を狙ってのことだったしね」
《雲雀》
 「……ああ、そういえば」

カメリアが雲雀の屋敷を襲った時のこと――
雲雀にとってはあまり思い出したくはない事柄だが、カメリアは淡々と続ける。

《カメリア》
 「私の育ての親が同じ物を身に着けていたのよ」
《雲雀》
 「それって、アジュガの言ってた……バーベナさん?」
《カメリア》
 「そ、バーベナ。優しすぎた魔女。
  バーベナが死んでから、ミモザも随分ソレを探していたみたいだったけれど、意外なところから出てきたものよね」
《雲雀》
 「そうか、カメリアさんとアジュガは同じ人のところにいたんだな。
  それで、その人は……いや、何となく分かったよ」

珍しく視線を逸らし、遠くを見つめるカメリアの様子に、雲雀はそのバーベナという人物が良い最期を迎えなかったであろうことを察する。
それは恐らく“魔女狩り”に関するものなのだろう。

《雲雀》
 「俺はこの十字はかつてとある大魔術師が創った物だと聞いた。
  それってそのバーベナさん…のことなのか?」
《カメリア》
 「さあ。私はその十字に関することは知らないわ。
  でも、バーベナはやたらと大切そうにしていたから、違うんじゃないかしら」
《雲雀》
 「そうか……というか、コレって本当に俺が持っていてもいい物なのか?
  いや、俺も手放す気はないんだが……」
《カメリア》
 「いいんじゃないの。アナタも大切にしているみたいだし」
《雲雀》
 「カメリアさんって屋敷を襲撃してきたと思ったら、それで良い、って執着があるんだかないんだかよく分からないよな」
《カメリア》
 「あら、夜鷹は私のものだし、アナタは夜鷹のものも同然だわ。
  要するにアナタもその十字も私のもの同然でもあるという訳。簡単な話でしょう」
《雲雀》
 「ああ、そうか……アンタってそういうタイプだよな……」

雲雀が溜息を吐くと、カメリアは僅かに口角を上げ、再び紅茶の入ったカップをあおる。
とりあえず、十字を取り上げられるかもしれないという不安はなくなった。
残る疑問と言えば――

《雲雀》
 「ところで、カメリアさんが言ってたミモザ…さんって、館に住んでるんだっけ?
  俺は会ったことがない気がするんだが……」
《カメリア》
 「住んでると言えば住んでいるけど、いつも何処で何をしているかは知らないわ。
  私もあまり話をしたことがないし。彼は愛想がないから」
《雲雀》
 「はぁ……その人もカメリアさんやアジュガと一緒にいたのか?」
《カメリア》
 「いいえ。彼は使い魔よ、私の母親の。
  ……と言っても私は母親のことを知らないし、別に興味もない。
  何故彼があんなにも執着しているのかはよく分からないわ」
《雲雀》
 「そういうもの……なのか?」

使い魔と言えば真っ先に浮かぶのは、カメリアの使い魔であるオリーヴェだ。
外見は雲雀と同じくらいの年で、使い魔というよりメイドのような印象が強い。
オリーヴェと同じようで、愛想のない――勝手な想像図を浮かべる雲雀に、カメリアが付け加える。

《カメリア》
 「言っておくけど、彼はオリーヴェみたいに可愛らしい感じではないわよ。
  いえ、外見はそれなりなのだけれど、アレは独立する気のない悪魔ね」
《雲雀》
 「オリーヴェさんは蝙蝠ベースって感じだが……悪魔、か……」

雲雀の脳内の想像図が一気に禍々しいものに変わっていく。
話は通じるのだろうか、そんな不安が雲雀の中に生まれた。

// [2017.11.06]