Original > 紡唄[Text]
新米魔女の挑戦
 とある昼下がり。窓辺で紅茶を飲んでいたカメリアは、庭に小さな人影を見つけた。
 その人影――ドロップはくるりと回ってみたり、手を前に突き出してみたりと、不思議な動きを繰り返している。
「あの子はどうしたのかしら。ダンスでも始めたの?」
「そういえば、先程魔術がどうとか言っていましたね。その練習…のつもりなのでしょうか」
 傍に控えていたオリーヴェが答える。
 ドロップが魔女になってからしばらく経った。確かに魔術の練習を始めるには良い頃合いなのかもしれない。
 相変わらず奇妙な動きを繰り返すドロップを眺めながら、カメリアはカップを傾けた。
「魔術……ね。別にあの子に戦力になってもらおうとは思わないのだけど、護身くらいはできた方が良いかもしれないわね」
「確かに、その方が安心できますね」
「オリーヴェ、護身ならアナタの方が得意でしょう? 教えてあげなさいよ」
「はあ……そうしたいのは山々ですが、私は使い魔のコウモリなので、少し勝手が違うと言うか」
 主人の突然の無茶振りに言葉を濁すオリーヴェに、カメリアは首を傾げる。
「そういうものかしら」
「そういうものです。ドロップは魔女になったとはいえ元は人間ですし、魔術師方式の方が良いかと」
「とは言え、私も魔術師としての修行なんてしたことがないのよね。魔術なんて吸血鬼になったらいつの間にか使えるようになっていたし」
「そうなのですか? となると……」
 カメリアとオリーヴェは屋敷の住人を思い浮かべていく。使い魔、魔獣、聖獣――見事に人でないものばかりだ。
 そんな中で魔術師として魔術の腕を磨いた経験のある者と言えば――
「……おじさまは駄目ね。ドロップが汚れるわ」
「クララ様の守備範囲は少年ですので、ドロップは範囲外だと思いますが……気持ちは分かります」
「私が教えられることはないと思うけれど、励ますくらいはしてあげようかしら」
 それは単にちょっかいを出したいだけなのでは。そう思ったオリーヴェだったが、心に留めるだけにした。

 ◇

「むむ〜、上手くいかないなぁ」
 庭で魔術の練習をしていたドロップはその動きを止めると、小さく息を吐いた。
「むむむ……わざわざアジュガに書庫から魔導書を探してもらったのに〜。やっぱり私に魔術は向いてないのかなぁ」
 側に置いてあった厚みのある魔導書に目を通してみるも、やはり何が書かれているのかはよく分からない。アジュガに聞いてみたりもしたのだが、魔術師じゃないから分からない、と最もな答えが返ってきただけだった。
 だから、こうして自分なりに練習することにしたのだが、一向に魔術らしきものを使うことができずにいた。
「テレビとかで見る魔法使いってこう、くるくる〜ってしてたと思うんだけど。あれってやっぱりただの演出で、本当の魔術師はそんなことしないのかな?」
 先程から魔術らしきものは使えていないにも関わらず、疲労感だけはある。しょんぼりと肩を落とすドロップに、不意に声が掛けられた。
「魔術の練習をしているんですって? 精が出るわね」
「カメリア!」
 ドロップの表情がぱっと明るくなり……すぐに元に戻ってしまう。その様子に上手くいっていないらしいことが見て取れた。
「うぅ……魔導書に書いてあることも全然分かんなくって。何かコツとかなぁい?」
「魔導書、ね。そもそもアナタは魔女なのだから、魔導書なんて必要ないのではなくて?」
「うーん、魔術とか全然だったから、基礎からやった方がいいのかなって思ったんだけど……」
「魔術なんて私も吸血鬼になったらほいっと使えるようになったから、そう難しく考えなくてもいいんじゃないかしら」
「いえ、間違いなくマスターは特殊例だと思いますが……」
 どうやらオリーヴェの小さな呟きも耳に入っていないらしいドロップは、なるほど、と目を輝かせている。
「後はイメージかしらね」
 そう言うと、カメリアは指をくるくると回して見せる。その周囲に黒い光の粒が瞬いた。
「カメリア、今のどうやったの!?」
「それは難しい質問ね。何となく、としか答えようがないわ」
「ええと、カメリアが今やったのを思い浮かべながら真似してみればいいのかな?」
 ドロップもカメリアがやったように指をくるくると回してみるが、やはり何も起こらなかった。がっくりとうなだれるドロップの姿に、カメリアは首を傾げる。
「やろうとしていることが良くないのかしら。向き不向きというのは誰でもあるものだしね」
「カメリアもどうしてもできないことがあるの?」
「私の場合は治癒魔術が駄目ね。そもそも私は元々の治癒能力が高いから必要がない、というのも大きいけれど」
「そっか、カメリアは吸血鬼だもんね」
「ちなみにさっきはどんな魔術を使おうとしていたのかしら?」
「えっとね、魔術の基礎は光を灯すところからだ、って聞いたことがあるの」
 つまりカメリアが先ほど見せたようなこと、という訳だ。確かに始めに練習するものとしては悪くないように思えるが……
「ドロップは魔力自体はとても強いのよね。いっそ、それを放つ感じで……」
「なるほど、ビームだね!」
「ビーム……?」
 ツッコミ所満載なやり取りに首を傾げるオリーヴェを余所に、ドロップは屋敷を背に立つと、空を見上げる。
「魔力を……放つ……一気に……」
 ブツブツと呟きながらそっと目を閉じ、集中する。瞼の裏に光の筋を描く。
 ドロップの周囲で僅かに空気が渦を巻く気配がした。
「……あら?」
「そーれっ!!!」
 カメリアが小さく呟いたのとほぼ同時、ドロップが何かを発射するかのように勢いよく両手を前に突き出す。その前で黒い光が集まって筋となり、空を貫いた。
 一拍置いてドロップが満面の笑みでカメリアの方を振り返る。
「やっ……た!? 今、できたよね!??」
「ええ、見事なビームだったわね」
「何かちょっと分かったかも!」
 ドロップが先ほどカメリアがしたように、腕を突き上げて指先をくるくると回すと、頭上で黒い光が瞬く――というより、炸裂した。どうやらカメリアの助言は見事に的を得てしまったらしい。
「やったー! 私にも魔術が使えたよ!」
「そうね、これは鍛えれば破壊力が出るかもしれないわ」
「よーし、もっと頑張って色んな魔術を使えるようになるぞー!」
 喜ぶドロップとにこやかに笑うカメリアを眺めながら、オリーヴェは首を傾げる。
「……これって何故か攻撃魔術ばかりが鍛えられていくパターンになるんじゃないかしら」

 かくしてオリーヴェが抱いた懸念の通り、ドロップは高火力の攻撃魔術ばかりを極めていくことになったのだった。

// [2018.01.27]