Original > 紡唄[Text]
【大蛇の章】小ネタ : [大蛇と鬼と巫女姫]
《橙花》
 「さてと、掃除でもしようかしら」

大きく伸びをして、箒を手に取る。
意気揚々と境内に出た橙花だったが、その足はすぐに止まった。
境内の片隅に何かが落ちている――いや、人が倒れている。

《橙花》
 「ちょっと、境内で行き倒れとかシャレにならないんだけど!?」

箒を放り出すと、慌てて近づく。
どうやら倒れているのは少年のようだった。
少年を揺り動かそうとしたところで、橙花の手が止まる。

《橙花》
 (何か、この姿、どこかで……?)

朱みがかった白髪に、白の着物と赤の羽織。
確かに以前、どこかで出会ったような――

《???》
 「……さ、酒……」
《橙花》
 「ってアンタ、魁斗じゃない。そんなところに寝っ転がってどうしたのよ」
《魁斗》
 「見りゃ分かるだろ」
《橙花》
 「……そうね。酒がきれたとかそういうアレかしら」
《魁斗》
 「そうだけど、そうじゃねえよ。俺に取っての酒は力の源なんだよ」
《橙花》
 「何よ、綾目に禁酒令でも出された訳?
  こんなところにいられると掃除の邪魔なんだけど……」

そこでふと魁斗の姿に違和感を覚える。
彼とは以前、とある理由から対峙したことがあるのだが、あの時のようなオーラが感じられない。
いや、それよりも、もっと単純に何かが――

《橙花》
 「ていうかアンタ、角はどうしたのよ。
  街中でも堂々と角ありで歩いていたアンタが、わざわざ角を隠して神社にきた訳?」
《魁斗》
 「問題はそこだ。確かに俺だって必要があれば角を隠すこともある。
  が、神社に来るくらいでそんな手間なことはしねえ……というか、本来なら神社なんて来ねえよ」
《橙花》
 「そういえば、ここは特に強力な結界が張ってあるはずよ。
  いくらアンタが大妖でも、よく結界をすり抜けられたわね」
《魁斗》
 「それだよ。つまり、今の俺は結界が反応しない程度に無害な存在になってるってこった」
《橙花》
 「……はい?」

にわかに信じがたい魁斗の言葉に、橙花は眉をひそめる。
魁斗は溜息を吐きながら起き上がると、脚を組んで座り直した。

《魁斗》
 「……で、酒をたかりにきたんだよ」
《橙花》
 「いや、突然そんなこと言われても、はいそうですかとは言えないわよ。
  第一アンタをどうこうできるような奴なんて、そう居るわけ……」
《魁斗》
 「アンタだって、もう知ってるだろ?」

魁斗の含んだような物言いに、橙花は思わず口をつぐむ。
心当たりは一つしかない。

《橙花》
 「八岐大蛇……そういえば、あれがアンタの父親だって伝承もあったけれど、どうなの?」
《魁斗》
 「まあ、本当みたいだな。
  俺は親の顔なんざ覚えちゃいねえが、あれが言うんだから間違いないんだろうさ。
  俺にとっちゃどうでもいいことだがな」
《橙花》
 「話の流れが今ひとつ読めないのだけど……ともかく、八岐大蛇に会ってきたのね?」
《魁斗》
 「あれが仲間にならないかと誘ってきたから断ったんだよ。
  そしたら妖力を食われてこうなった、ってワケ」
《橙花》
 「………」
《魁斗》
 「何故そこで離れるんだ? まだ酒をもらってねーんだけど?」
《橙花》
 「この流れで警戒しない訳がないでしょ?
  もしかしたら、そんなこと言いつつ大蛇の仲間になってて、寝首をかこうって魂胆かもしれないじゃない」
《魁斗》
 「んなことしねーっての。何度も言ってるが、鬼は嘘が嫌いだ。
  それに、寝首をかくのは俺が最も嫌いなやり方だな」
《橙花》
 「とにかく酒はあげられないから、大人しく蛇ノ目屋にでも――」
《ほづみ》
 「橙花ちゃん、どうしたの〜? ……あら?」

言い争いを続ける橙花と魁斗の元に、ほづみがやってくる。
ほづみはしばらく魁斗の姿を見つめた後、ぽんと手を叩いた。

《ほづみ》
 「……ああ、あの時の鬼ちゃん! こんなところに何の用かしら?」
《魁斗》
 「狐使いのねーちゃんか。なぁに、ちょいと酒をもらうついでに交渉をな」
《橙花》
 「ちょっと待って、酒はさっきから散々要求されているけど、交渉って何よ?」
《魁斗》
 「それは酒をもらってからの話だ。アンタらにとってもそう悪い話じゃないと思うぜ」
《ほづみ》
 「お酒が欲しいのね、分かったわ」
《橙花》
 「ほづみ姉さん!? そ、そんなにあっさり……」
《魁斗》
 「おー、やっぱり狐使いのねーちゃんは話が分かるな!」
《ほづみ》
 「それじゃ、私はお酒を出してくるから、橙花ちゃんは鬼ちゃんを応接間に案内してあげてね」
《橙花》
 「え、ちょっと……」

未だ腑に落ちない橙花を残し、ほづみはさっさと本殿の方へと歩いていってしまった。
残された橙花は、ちらりとうきうきとした様子の魁斗を見、溜息を吐いた。

《橙花》
 「まあ、ほづみ姉さんが何の考えもなしに承諾するとも思えないし……
  とりあえず案内はしてあげるわ」


〜〜〜


《魁斗》
 「っはぁ〜〜〜生き返ったぁ!」

出された酒を飲み干した魁斗は、満面の笑みを浮かべた。
その周りには空になった酒瓶が転がっている。
そんな魁斗の様子を橙花は呆れながら、ほづみはにこやかに見守っていた。

《橙花》
 「アンタ、本当に全部呑んだのね……遠慮ってものはないの?」
《魁斗》
 「んー、出されたものは全部呑むのが礼儀だろ? なかなか美味かったぜ!」
《ほづみ》
 「ふふっ、それはよかったわ」
《橙花》
 「もう、ほづみ姉さんたら……。
  それで、アンタがここに来た目的のもう一つは何なのよ?」

橙花に問われると、途端に魁斗の表情が真剣なものになる。
以前対峙した時のような圧倒的なオーラこそないものの、やはり鬼の大将と呼ばれるに相応しい者なのだと実感してしまう。

《魁斗》
 「簡単に言えば、大蛇を倒すまで協力関係を結ぼう、って話だ。
  仮にも国津神とやり合ったっつー化け物だ、俺たちだけでどうこうできる相手じゃない」
《橙花》
 「あら、意外ね。アンタほどの鬼なら、そんなの構わず力でどうにかするものと思っていたわ」
《魁斗》
 「逆だ、逆。鬼は勝てねえ勝負はしねえよ。それに、こっちの方が確実だ」
《橙花》
 「確実? 大蛇がここを狙ってくるってこと?」
《魁斗》
 「ここ、というか……まず狙われるのは橙花だろうな」
《橙花》
 「……え?
  確かに、昔からちょーっとそういうのを惹きつけやすいかなって自覚はあるけど、流石にそれはどうかしら?」
《魁斗》
 「まあ、何だ。俺はあれが父親とは思わねえが、確かに血の繋がりは感じるっつーか……
  端的に言うと、橙花は特別美味そうに見える。きっとそれはあれも同じだ」
《橙花》
 「………」
《魁斗》
 「ははっ、そう警戒しなくとも、俺は食わねえよ。ただそう感じるってだけだ」
《ほづみ》
 「なるほどね。魁斗ちゃんが言うなら、その通りなのかもしれないわねぇ」
《橙花》
 「もう、ほづみ姉さんまで……」
《ほづみ》
 「でも、お稲荷様は大蛇とは関係ないわよね。
  魁斗ちゃんには橙花ちゃんがどう美味しそうに見えているのかしら?」
《橙花》
 (聞いていることは最もなんだけど、目の前で美味しそうだの言われるのは気分のいいものではないわね……)

内心穏やかではない橙花を他所に、ほづみはにこやかな姿勢は崩さずに魁斗の返事を待っている。
魁斗は橙花を頭から足先までじっと見た後、少し悩みながら言葉を返した。

《魁斗》
 「あくまで感覚的なものだから、これとはっきりとは言えないが、そうだな……
  そもそも橙花はここの巫女じゃねえだろ。
  狐使いのねーちゃんとは違う、“お稲荷様”じゃない匂いがする」
《橙花》
 「確かに私の実家の神社はここの“お稲荷様”とは違うみたいだったけど……
  稲に関するという部分は変わらない……と思うわ」
《ほづみ》
 「お稲荷様も一人ではないしねぇ。魁斗ちゃんの勘が確かならば、それは……」

橙花も魁斗も黙ってほづみの次の言葉を待つ。
しかし、ほづみは少し考え込んだ後、すっと立ち上がった。

《ほづみ》
 「まあ、ここでとやかく言っているより、お稲荷様に直接聞いた方が早いわよね」
《橙花》
 「言っていることは最もなんだけど、あまりにフットワークが軽い……!」
《魁斗》
 「ま、そうなるよな。俺はここにいるから、二人で聞いてきたらどうだ?
  いくら今回は敵対するつもりはないっつっても、向こうも良い気はしねーだろうしな」
《橙花》
 「うーん、アンタ一人を残していくのも何となく不安なのよねぇ」
《ほづみ》
 「じゃあ、追加のお酒を持ってきてあげるから、それを呑んで待っててもらいましょうか」
《魁斗》
 「さっすが狐使いのねーちゃん! 鬼の扱い方も分かってんな!」
《橙花》
 「………」

// [2018.05.15]