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紅色のお茶会
「随分と楽しそうだね、シオン」
「へっ?」
 シオンの手元でガシャガシャと不協和音が響いた。
 慌てて手元のカップを確認する。幸い、割れたものはなさそうだ。
「その歌、シオンがよく見てる番組のやつだっけ?」
 声を掛けてきた主の方を軽く睨む。
 声の主…アケビはけろりとした表情でソファの背にもたれ、こちらを眺めていた。
 手元では相変わらず、ホウオウのぬいぐるみを弄んでいる。
「…鼻歌まで歌ってた?」
「効果音までバッチリ」
「……忘れて頂戴」
 そんなに浮かれていたのかしら。反省しながら手元の乱れたカップを整える。
 確かに、今日はいつもよりも少しだけ張り切っていた、それは認めようか。
 彼を蹴り飛ばしたい衝動に駆られている場合ではないのだ。
「またいつものお茶会?」
「そうよ。なかなか揃えないから、できる時にしなくっちゃ」
「お茶会前のシオンはいつも楽しそうだね」
 そりゃそうだ。久々に友人に会えるのだから。
 いや、自分から会いにいけばいつでも会えるのだろう。
 だが、やはり生まれ故郷であるこの地でというのは特別な場。
 だから、自然と準備をするシオンにも気合いが入る。
「ねえ、シオン…」
「見ての通り私は今、とても忙しいの。アンタに構ってる時間はないわ」
「いつものお茶会ってことは、またホウオウ様の話、するんでしょ?」
「そうね。やっぱり、どうやってもホウオウ様の話題になるのよね」
 ここ、エンジュシティといえばホウオウ。
 そして、エンジュシティの出身となれば、ホウオウの話題で盛り上がるのは自然なこと。
 用意した話題は沢山あるが、やはり最終的にはホウオウの話になるのだろう。
「いいなあ、楽しそうだなあ…。ボクも混ぜてよ」
「何言ってるの、駄目よ!」
「ホウオウ様に一番詳しいのはボクでしょう?」
「ご生憎様、男子禁制よ」
「うーん、それは残念だなあ…」
 残念そうにホウオウのぬいぐるみを転がす彼のことは放っておいて。
「さ、準備完了っと! 今日はちょっと奮発しちゃった茶葉で煎れたから、反応が楽しみだわ!」
「あのお嬢さんが素直に反応してくれるとは思えないけど」
「あーもう、アケビは黙っててよ! いーい、男子禁制だからね? 乱入とかは止めてよね?」
「そんな無粋なことしないよ。ボクのイメージってそんななの?」
「まあ…人の話は聞かないわよね」
「…ほら、そろそろ行かないと約束の時間になるよ」
「…え?」
 彼に言われ、時計に目をやると、約束の時間まであと僅か。
 すっかり彼のペースに乗せられてしまった。
「た、大変だわ! アケビ、後よろしくっ!」
「はぁい、いってらっしゃーい」
 慌ただしくお茶会の道具をまとめ、勢いよく飛び出す。
 今日は何を話そうか。話したいことは山ほどある。
 優雅に紅茶を飲む彼女の姿を思い浮かべながら、シオンは待ち合わせ場所へと駆けていった。

 ◇

「はー……」
 熱い紅茶を一口飲み、深く、長く息を吐く。
 スズねの小道は今日も鮮やかな色に染まっていた。
 赤や黄色の木の葉を眺めながら、シオンはもう一度息を吐く。
「いつ見てもここの景色は最高よねえ」
「ええ、それを眺めながら飲む紅茶は別格ですわ」
 優雅な動作で紅茶を口にしながら、ベルカントが相槌を打つ。
 スズねの小道の一角で少女たちは静かなお茶会を開いていた。
 傍らにはジョウト地方の名物であるいかりまんじゅうも置かれている。
 中身は既に半分ほどが食されていた。
「…今日はこの前と茶葉が違いますのね」
「あっ、分かる? この前見かけたから買ってみたの!」
「わたくしは以前のものの方が好みでしたわ」
「…そう、覚えとくわ」
 張り切って購入した上に、彼の言う通りになるなんて……
 一人、心中で葛藤しているシオンを余所に、ベルカントは涼しい顔で紅茶を煽る。
 その視線はスズねの小道の向こうに聳える塔へと向いていた。
「まあ、煎れ方は上達しましたわね。約束に遅れてきたのもチャラにして差し上げますわ」
「…何だか喜ぶべきなのか否か、分からないわ」
「褒めているのだから、そこは喜ぶところですわ」
 そもそも約束に遅れた、というのもほんの数秒の話である。
 更にそれは彼女のポケギアを基準にした時間であって、シオンのポケギアでは間に合っていた。
 …などと言っても無駄なことは分かっているので、心の中に留めておいたが。
「…ホウオウ様……」
「ん?」
 唐突にぽつりと呟かれた言葉で、シオンは我に返った。
 ベルカントの視線は相変わらず塔の方に向けられている。
「今日はホウオウ様はいらっしゃいませんの?」
「いないんじゃないかなぁ」
「そうですの」
 幾度となく繰り返された会話を今日も繰り返す。
 エンジュシティで生まれ育った少女達にとって、このやり取りは挨拶にも等しい。
 特に舞子として育ったシオンにとっては、ホウオウは生活そのものである。
 だから、深い意味はないが…ホウオウの話が出ると、少し自慢げな気分になる。
 ちなみに深い意味はない。念のため、もう一度言っておく。
 そんなことを彼女に言ったら、当然一蹴されるのがオチといったところだろう。
「ホウオウ様は本当に気まぐれな方ですのね」
「それをベルカントが言っちゃうの?」
「あら、わたくしは常に真面目ですわ」
 カップを傾けながらベルカントが言う。
 それが何となく可笑しくて、シオンは思わずくすりと笑った。
 ベルカントの手が止まる。
「…ホウオウ様の話をする時のシオンはお喋りですわよね」
 ベルカントの次の言葉に、シオンは固まった。
 ああ、気づいていたのは自分だけだと思っていたのに。
 彼女にはそのような隠し事など無駄ということか。
 誤魔化すように紅茶を飲み干すシオンを、ベルカントは可笑しそうに眺めている。
「…ベルカントには適う気がしないわ、色々と」
「わたくしを出し抜こうなんて10年早いですわ」
 少女たちの笑い声が静かな小道に響く。
 静かなお茶会は日が沈むまで続いた。

// [2011.03.24]
(ゲスト:黒紀翼さん宅ベルカントちゃん)