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竜少女
 颯爽と道を歩く影が二つ。
 町の人々は一瞬だけ彼らを見、少し首を傾げてから、また個々の作業へと戻る。
 確かに、彼らの出で立ちは少々変わっているのかもしれない。
 しかし、様々な旅人の往来のあるこの町では、それは些細なことであった。
「アケビ〜、本当にこんなとこに手がかりがあるの?」
 少年の肩に乗る――というよりは巻き付いているアーボが退屈そうに問う。
「あるかもしれないし、ないかもしれないね。ホップは退屈?」
 文句を言われた少年――アケビは僅かに笑みを浮かべながら答える。
 その返答に、ホップはむすりとした。
「ボク、そろそろ飽きてきたよぅ〜」
「後で何か美味しいものでも食べよう? だから、ね?」
「ん〜…分かった、絶対だよ?」
 そんなやり取りをしながら、彼らがやってきたのはポケモンセンター。
 旅をするトレーナーの集まるこの施設は、情報を収集するにはもってこいの場所である。
 早速、情報を持っていそうな人を探す。
「あ、あの人なんかカンナギの方の出みたいだよ。ノボロ、ちょっと聞いてきてよ」
「了解です」
 ターゲットを定めると、後ろにいるノボロに声を掛ける。
 ノボロは言われたようにすたすたとターゲットに歩み寄り、話し掛けた。
 この場合、ノボロの白衣という出で立ちは便利だ。
 白衣といえば研究者というイメージが強いのか、少し突っ込んだ質問をしても怪しまれない。
 拒否されても「研究のためにどうしても…」と言えば、話してもらえることも多々あった。
 再び暇だとぼやき始めたホップの頭を撫でながら、アケビはノボロと話している人物を観察する。
「…アケビ、あの人は何て言ってるの?」
「残念、ボクらとは関係のないことのようだね」
 どうやらハズレであったようだ。
 ノボロはまだ会話を続けているが、有益な情報は得られないだろう。
 アケビはくるりと踵を返すと、ポケモンセンターの奥へと歩き出そうとした――
「あっ、アーボだぁ!」
 …ところで話し掛けられ、立ち止まった。
 声の主はまだ幼い少女。恐らく、連れの用事が済むを待っているといったところだろう。
「お嬢ちゃん、この子に興味が?」
「うん、あたしも大きくなったら、アーボを育ててみたいなって思ってるの!」
「ふーん、つまりお嬢ちゃんはトレーナーになりたい訳だ」
「お姉ちゃんはトレーナーじゃないの?」
 少女の質問に、ホップが吹き出す。
 そんなホップの頭を軽く小突くと、アケビは首を横に振った。
「ボクはトレーナーではないよ」
「じゃあ、その子はお姉ちゃんの子じゃないの?」
「そうだね、どちらかというと弟みたいなものかな」
「ふぅん、そうなの」
 ホップはまだ、耐えてはいるものの笑い続けている。
 そこへ会話を終えたノボロが戻ってきた。
「アケビ、聞き込み完了しました」
「そう、じゃあ次の町へいこうか」
 報告は聞くまでもないだろう。そして、ノボロもそれは分かっている。
 しかし、アケビの言葉にノボロは少し困ったような表情を浮かべた。
「はい…しかし、もう大分町を回り尽くしてしまっていますが……」
 そう言われてみれば、と壁に貼られた地図を見上げる。
 地図に目立つように示されている町は、もう大体訪れてしまった。
 となると、残りは――
「お姉ちゃんたち、何か探してるの?」
 先ほど会話していた少女が、困っているアケビたちを見かねたのか、再び話し掛けてくる。
「おね……」
 それを聞いたホップが再度吹き出し、ノボロも小さく笑い出す。
 アケビはちらりと二人の方を見たが、放っておくことに決めたらしかった。
「お嬢ちゃんに言っても分からないかもしれないけど、“竜少女”って聞いたことあるかな?」
「りゅう……」
 少女が少し考え込む。
 流れで聞いてはみたものの、特に答えは期待していない――はずだった。
「……」
 何かを思い出そうとしているらしい少女を見るアケビの目が細まる。
 それに気づいたノボロも地図から目を離し、注意深く少女の答えを待った。
 程なくして、少女の答えは返ってきた。
「うーんとね、“まよいのどうくつ”って分かる? お父さんがそこで女の子を見たんだって」
「迷いの…?」
「サイクリングロードの近くにある洞窟がそう呼ばれていたかと」
「そうそう、白衣のお姉さん、詳しいね!」
「その女の子がボクらの探しているものかは分からないけど…調べてみる価値はありそうだね」
「ええ、ここからそう遠くもないですし、これから出向いても問題ないでしょう」
「決まりだね」
 手がかりとは思わぬところから入ってくるものだ。
 次の目的地の決まったアケビは、少女に向かってにっこりと笑いかけた。
「お嬢ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして! お姉ちゃんの探している人だといいね!」

 アケビたちは少女に見送られてポケモンセンターを後にした。
 ホップとノボロはまだくすくすと笑い続けている。
「…二人とも、笑いすぎじゃない?」
「いや、だって…お姉ちゃん、って…さ……!」
「確かに、アケビの可愛さは美少女顔負けですものね」
「……」

 ◇

「ここ…ですかね」
 目の前の洞窟を見ながら、ノボロが首を傾げた。
 確かにこの辺でいいはずで、先ほど近くにいた山男に聞いてみたところ、呼称も合っているようだった。
 ノボロが今一つ確証を持てない理由といえば、立ち止まってしまったアケビである。
「違う…気がする」
「はあ……」
「人の気配が強すぎる。これだけ人が出入りしているなら、もっと早くここまで辿り着けたはずでしょう?」
「それもそうですね。別の入口でもあるのでしょうか」
 少し見回した限り、特に別の入口のようなものは見えない。
 いや、見えないからこそ、その洞窟に住むという少女の情報に辿り着くまで時間がかかったのだろう。
 アケビは相変わらず肩の上で暇そうにしているホップの方を見る。
「…ホップ、探せる?」
「んん〜、やってみる!」
 ホップはするりとアケビの肩から降りると、すぐに岩陰に入り込んで見えなくなった。
「…ベリアル、貴方も頼みます」
 ノボロも腰のポーチから自身のモンスターボールを取り出し、中の相棒を呼び出す。
 中から現れたヘルガー――ベリアルは一声返事をすると、ホップを追うように姿を消した。
「では、私たちは彼らに任せて少し休憩致しましょうか」
 ノボロは手頃そうな岩を見つけると、腰を下ろした。
 ホップたちの消えた方を見続けているアケビを手招きする。
「アケビも人混みばかりでお疲れでしょう?」
「大丈夫だよ」
「私たちが探している“竜少女”と呼ばれる人物は、きっと一筋縄ではいきません」
 ここ、シンオウ地方の神話にはドラゴンのタイプを持つ、神と呼ばれるポケモンが登場する。
 彼らに迫るため、竜に詳しそうな者を求めて訪れた先でアケビとノボロが聞いたのが「竜少女」の噂だった。
 何でも竜とともに暮らしているのだとか。これなら求めている人材に合いそうだった。
 実際、その少女について聞き回っているうちに、その少女の正体と思われる噂も聞いた。
 シンオウ神話の伝承を受け継ぐはずであったが、ある日を境に行方が分からなくなったという少女――
 その少女と、竜と暮らす少女が同一であるなら、これほど理想の人材はいないだろう。
 彼女を引き入れることができたのなら、アケビの望みにまた一歩近づけるに違いない。
「…ここでアケビに倒れられでもしたら、私たちだけでは彼女を説得できる自信がありません」
「ボクってそんなにか弱く見えるかな」
「念のための話です」
 ノボロの勢いに圧され、アケビもしぶしぶノボロの隣に腰掛ける。
 ふう、と息を吐いて空を見上げると、少しだけくらりとした。
 どうやら、自分で思っているより消耗してしまっていたようだ。
「ただでさえPSIは体に負担がかかるのです。アケビほどの強力なものとなると……」
「…分かってるよ」
 本当ですか、とノボロは念を押す。
 どうやらPSIに関する研究をしていたらしいノボロは、ことあるごとにこの話をしていた。
 いい加減アケビも聞き飽きている。それに、そんなことは自分が一番よく分かっている。
 年々強まっていくこの能力と、その身体への負担からか伸びていく睡眠時間。
 嫌だと思ったことはないが、反動を感じると面倒だと思ったことは多々ある。
 ノボロの肩に寄りかかりながら、アケビはホップたちの消えた方を眺めていた。

 ◇

「どうですか、アケビ?」
 程なくして戻ってきたホップとベリアルが言うには、確かに洞窟にはもう一つの入口があった。
 人気の感じられないそこは、岩陰に隠れるようにひっそりと開いていた。
「多分、ここだ。こっちは人の気配を感じない」
 アケビのコメントに、ノボロは軽く頷くと、洞窟へと足を踏み入れた。
 洞窟の中は薄暗い。そういえば、フラッシュを使えるポケモンは連れてきていなかった。
「ベリアル、ちょっと照らしてくれますか? 火力は強めで」
「了解」
 ノボロの一言に、ベリアルが先頭に立ち、一息吸うと、目一杯炎を吐き出した。
 一瞬だけ洞窟の内部が炎で照らされる。
「…ノボロって結構荒っぽいところあるよね」
「そうですか?」
「これでは仮に誰かがいたとしても、驚いて逃げてしまうかもしれないよ」
「逆に襲ってくる場合も考えられます。仲間に引き入れるなら、そちらの方が好都合なのでは」
「そこが荒いって言ってるんだよ」
 小さく溜息をつきながら、洞窟の奥を見遣る。
「今回はノボロのやり方で正解だったかもしれないけどね」
「…ベリアル、少し下がりなさい」
 奥へと歩き出したアケビに道を譲るように、ベリアルが少し下がった。
「何か見つけた? 何を見つけたの?」
 アケビの肩に乗るホップが、興味津々に問い掛けてくる。
 中程まで進んだところで、アケビは歩みを止めた。
「……」
「アケビ?」
 慎重に辺りを探る。
 洞窟の奥で何かが動く気配がした。
「…ホップ、後ろ」
「うん?」
 ホップが振り向くよりも先に、暗がりから勢いよく何かが飛び出してきた。
 ノボロがベリアルに指示を出すよりも早く、その影はアケビとホップに襲いかかる。
「……っ!?」
 しかし、影はアケビに触れる前に弾き飛ばされた。
「今……」
「女の子の声がしたよね? てことは彼女がボクらの探している“竜少女”で間違いなさそうだ」
 暗がりでよく見えないが、少女らしき影は直ぐに立ち上がった。
 暗闇の中で青い瞳がこちらをじっと睨んでいる。
 少女は身構えながらもアケビの出方を伺っているようだった。
「今、キミが何をされたのか……それが気になるみたいだね? でも、警戒しても無駄だよ?」
 しかし、少女に怯む様子はない。
「ねえ、アケビ……」
「ああ、言葉が通じていない…かな?」
 再び少女が飛びかかってくる。
 今度は低めの蹴り。
「ホップ、落ちないように気をつけてね」
「それってつまり……うわっ!?」
 少女の蹴りをアケビは上に跳ぶことで躱す。
「何とも逞しいお嬢さんだ」
「アケビ〜っ、あまり無茶はしない方がいいんじゃないかなぁ〜っ!」
 何とかアケビにしがみついているホップが抗議の声を上げた。
「それもそうだね」
 少女は躱されたことに少し驚いたようではあったが、直ぐに次の蹴りを繰り出してくる。
「ほい、っと」
 それを横に避け、アケビは少女の纏っている布の後ろを掴んだ。
 アケビよりも幾分か背の低い少女は、宙に釣られる形となる。
「…!!?」
 少女は驚きながらも次の攻撃を仕掛けようとして――直ぐに大人しくなった。

「……」
「……」
 アケビと少女はじっと見つめ合っている。
 その様子を見ながら、ノボロはふうと息を吐いた。
 アケビの得意分野はいわゆる「テレパシー」と呼ばれる超能力である。
 彼の前では隠し事など無意味なこと。彼は人の心の底まで見通すことができる。
 昔、彼にそれはどんな感覚なのかを聞いたことがあったが、目で景色を見るようなものだと返された。
 彼にとって、言葉での会話はさほど重要ではないのだろう。
 ノボロと会話している時でさえ、彼が聞いているのは「心の声」の方であるようだった。
「どう思いますか、ベリアル」
「アケビ様が失敗するとは思えないけれど……」
 何かを言いかけたベリアルが言葉を切る。
「ベリアル?」
「…まだ何かが奥にいますわ」
 ベリアルの視線を追ってみるが、洞窟の奥は暗くてよく見えない。
 じっと目を凝らしていると、ふと奥で動く影が見えた。
「アケビっ! 奥です!」
 ノボロが叫び、アケビが反応する前に影がアケビに飛びかかった。
 少女の方に集中していたアケビは即座に反応できず、影の攻撃をそのまま受ける。
「……っ!」
 アケビがよろけた拍子に掴まれていた少女は解放され、すたりと着地した。
 奥から出てきた影――フカマルは少女とアケビの間に立つと、アケビを睨み付ける。
 今にも技を繰り出してきそうな構えだ。
「かなめ、待って……」
 しかし、少女に制止され、かなめと呼ばれたフカマルは怪訝そうに少女の方を振り返った。
「パフィは平気……だから、ね?」
「で、でも……」
 かなめはまだ疑い深そうにアケビの方を見ている。
「大丈夫ですか、アケビ?」
「まさか、横から邪魔されるとはね…。ホップは何ともない?」
「むぎゅう、尻尾踏んでる…」
 服の汚れを払いながら立ち上がるアケビに、少女が歩み寄ってくる。
「さっきの…お話の、続き…」
「全く喋れない訳ではないんだね」
「…あまり、上手くないけど……」
 少女は恥ずかしいのか、布で顔を隠しながらもごもごと答える。
 相変わらず、暗がりの中では顔はよく見えない。
「それより、ボクはあまり暗いところが好きではないんだ。外でもいいよね?」
 アケビが洞窟の入口の方を示すと、少女は少し考えてから頷いた。

「……っ」
 洞窟から出ると、少女は眩しそうに目を細めた。
「キミはあまり洞窟から出ないの?」
「最近は…ずっと、中だった……かも」
 そんな少女にアケビが問い掛ける。
 大きな布を纏っただけという少女は、相変わらず恥ずかしそうにしていた。
 暗い中ではよく見えなかったが、金の髪に青い目という容姿の少女は、間違いなく美少女の部類に入るだろう。
 ついでに、恥ずかしがっているのは恐らく衣装がどうのではなく、人に会うのが久々だから…なのだと思う。
「ふむ、これはまたうちにはいないタイプの子ですね」
「そうね…」
 ノボロとベリアルがひそひそと話す。
 少女の青い目がちらりと二人の方を見た。
「…もしかして、聞こえてます?」
「人一倍耳がいいのかもよ。アケビ様といい、こういう人ばかりが増えていくのかしら」
「そういえば、名前をまだ聞いていなかったね」
 アケビに話し掛けられ、少女がぴくりと反応する。
「ボクはアケビ。こっちのアーボはホップね」
「…パフィ……と、こっちはかなめ」
「かなめ…ちゃんは、パフィの相棒なのかな?」
「…あい、ぼう?」
「仲間?」
「……それなら、分かる」
「……」
「……」
 今一つ会話が続かない。
 流石のアケビも、少し困ったように首を傾げた。
「…えっと……」
「あの…さっき、の……パフィが欲しい、って…」
「ふぇ!?」
 欲しいという単語に反応したのか、かなめがアケビを睨む。
「ああ…ボクらは諸事情で竜に詳しい人を探しているんだ」
「…りゅう…? パフィ、そんなに知らない……」
「キミはカンナギの巫女だろう? ボクはキミが欲しいなぁ」
「みこ……?」
 パフィは数回、瞬くと首を傾げた。
「そう…言われてたことも、あったかもしれない…」
「そう、キミはカンナギの巫女だった」
「……」
「でもある日、道中で迷子になったっきり帰ってこなかった」
「……前のことは、よく覚えてない」
「そう。まあ、それはいいや」
 相変わらずこちらを睨んでいるかなめに笑いかけながら、アケビは続ける。
「今の暮らし、楽しい?」
「……」
 パフィはちらりとかなめの方を見る。
 かなめは不安そうにアケビとパフィを交互に見遣った。
「…かなめといっしょは、楽しい。でも……」
 パフィが俯く。
「……ちょっと、さみしい」
 俯いてしまったパフィに背を向け、アケビはノボロの方へと歩きだす。
 そして、数歩いったところで振り返り、パフィの方へと手を差し出した。
「パフィ、ボクらにはキミが必要なんだよね。一緒に来てくれないかな?」
「……」
 パフィは答えを求めるようにかなめを見る。
「私は、パフィが行きたいなら…どこへでもついてくよ?」
 かなめはアケビを睨み続けながらも、パフィの問いに答える。
 パフィはしばらく考え込むようにしていたが、やがてはっきりと頷いた。
「うん…行く」
「交渉成立、だね」
 アケビはパフィに近づき、頭に手を乗せると、にっこりと笑いかけた。
 それに釣られ、パフィも少し困ったような笑みを浮かべる。
「…ごめん、むずかしいの、わかんない……」
「そう…」
 アケビはパフィの手を取り、パフィの目をじっと見つめる。
「これなら分かる?」
「…アケビはふしぎ、ね……アケビの考えてることは、分かる」
「気味が悪い?」
 パフィはぶんぶんと首を横に振る。
「パフィは話すの、上手くない…でも、アケビは分かってくれる…のね」
「ボクも話すのは上手くないけどね。むしろ、こっちの方が楽だ」
 アケビがパフィのもう一方の手も取る。
「…さ、そろそろ行こうか。話は後でゆっくりしよう」
 いつの間にか日が傾き始めている。
 岩の入り組んだこの場所には、影ばかりが差し込んでいた。
「キミも来るんだよね?」
「う、うん……」
 パフィの足下に隠れ、アケビたちの様子を伺うかなめに、アケビは苦笑する。
 かなめはおずおずとパフィの後ろから出てくると、アケビをじっと睨んだ。
「おや、ボクは嫌われているのかな?」
「かなめは、てれやなだけ…だから……」
「そうなのかい? 大丈夫、さっきのことで咎めたりしないよ」
 かなめはぷいと顔を背けると、再びパフィの足下に隠れる。
「うーん……」
「違うよアケビ、彼女はアケビがパフィにべたべたしてるのが気に食わないんだよ」
 そんなかなめの態度が気に食わないのか、ホップがするりと首を伸ばしながらかなめを睨んだ。
「いーい? 次にアケビに何かしたらボクだって許さないからね!」
「……そっちこそ」
 ホップとかなめの間で小さな火花が散っている。
「こらこら、ホップ、脅さないの」
「だってぇ…」
「ホップは優しいからね」
「……むぅ」
「かなめも…なかよく、ね」
「…パフィが言うなら、頑張ってみる」
 二人は同じタイミングでぷいと顔を逸らす。
 その様子が可笑しくて、アケビとパフィは小さく吹き出した。
「まあまあ、暗くなってからこの岩場を歩くのは危ないですから、続きは帰ってからにしましょう」
 ベリアルをボールに戻したノボロが、和気藹々としている四人の間に割って入る。
 ノボロを見たかなめは、再びパフィの後ろに隠れようとしたが、パフィによって抱き上げられた。
 ノボロと目が合うと、慌ててパフィの腕の中で丸まる。
「あなたは…アケビの、おねえさん……?」
「私はノボロと申します。アケビとは同胞といったところでしょうか」
「……?」
「要するに仲間、ですね」
「…じゃあ、パフィとノボロもなかま……ね?」
「はい」
 しかし、既にノボロの視線は別の方へと向いていた。
 ノボロはパフィを頭の上から足の先まで見回し、金の髪を一房持ち上げる。
「この衣装では難ですね……帰ったら私が選ばせてもらっても良いでしょうか」
 髪を持ち上げてみたり、二つにまとめたりしながらノボロが言う。
 その瞳は丸で着せ替え人形を前にしたかのように輝いていた。
「ああ、ノボロは女の子の衣装を選ぶのが好きそうだものね」
「アケビは残念ながら着てくださいませんから」
「何度も言うけど、女装は勘弁してよ…」
「何故ですか? アケビならそこらの美少女よりも断然似合いますよ」
 ぐっと親指を立てて見せるノボロに、アケビは溜息をついた。
 アケビとノボロのやり取りに、パフィがくすくすと笑い出す。
 かなめまでもが耐えるように笑っている。
「アケビと、ノボロは…とっても仲良し、なのね」
「そうだね、仲良しだ」
「私は身も心もアケビのモノですから」
「じゃあ、パフィも…今から、アケビのモノ、ね…?」
 思いがけない言葉に、ノボロとかなめの動きが固まった。

 ◇

「……ふう」
 紅茶の入ったカップから口を離すと、アケビは小さく息を吐いた。
 テーブルの向かいに座るノボロも、皿にカップを置く。
「パフィも随分とここに馴染みましたね」
「そうだね。パフィが来てから……どれくらいだっけ?」
「一週間ほどです」
 アケビとノボロの視線の先には、ホップやかなめとじゃれるパフィの姿。
「今日のパフィの衣装も可愛いね」
「はい、以前アケビに拒否されたやつです」
「……ああいうのはパフィみたいな美少女の方が似合うと思うよ」
「アケビも十分美少女ですよ」
「それ、年頃の男児に言う台詞ではないでしょう」
 今やパフィはノボロの着せ替え人形となり、様々な衣装を着せられていた。
 パフィ本人も満更でもないらしく、ノボロと共に衣装を選びにデパートへ行くこともあるようだ。
「…何か?」
 アケビとノボロの視線に気づいたパフィがこちらに駆けてくる。
 長い髪は二つに纏められ、洋服も少女らしくフリルがあしらわれている。
「おいで、パフィ。リボンが曲がってる」
 アケビの横に座り込んだパフィの髪を結わいているリボンを、アケビが正す。
 パフィはその間、落ち着かない様子でもぞもぞしていた。
「パフィ、動くから…すぐ曲がる……」
「元気で良いと思うよ」
「…そう?」
「はい、できた」
 パフィがぴょこんと立ち上がる。
 次いでアケビも立ち上がると、それに気づいたホップが定位置である肩の上に登った。
「…でかける、の?」
「行きたい場所があるんだ」
「パフィも、行っていい…?」
「構わないよ」
 かなめがパフィの肩に飛び乗る。
 出会った当初は啀み合っていたホップとかなめは、いつの間にやら意気投合しているようだった。
「アケビ、私はどうしましょうか」
「ノボロもついてきてくれると楽かな」
「了解です」
 テーブルの上のカップをまとめながら、ノボロも立ち上がった。

 何ということはない、どこにでもありそうな平穏な光景。
 その平穏が長くは続かないことを、彼らは知っている。
 それでも、その平穏が彼の手で砕かれるまで―――
「では、ついでに夕飯の買い物もしてしまいましょうか」
「ボク、甘いものが食べたいなあ」
「…パフィも」
「それって、デザートの話ですよね?」

// [2011.03.26]