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分かって欲しいの
 何の変哲もない昼下がりの台所で、ノボロは悩んでいた。
 難しそうな表情を浮かべながら、ノートをぺらぺらと捲る。
 時々捲る手を止め、ページをじっと見つめては、またページを捲っていく。

 何に悩んでいるのかと問われれば、大したことではない。
 いや、端から見れば大したことではなくても、彼女にとっては大問題なのである。
 ノートをぱたりと閉じると、ノボロは小さく溜息をついた。
 ノートの表紙には整った文字で「おやつのレシピ(U)」と書かれている。
 このノートは表紙に書かれた文字の通り、ノボロが様々な菓子のレシピを書き留めたものだ。
 コツコツと書き留めていった結果、現在は4冊目に突入している。

 そう、彼女は本日のおやつに悩んでいるのだ。
 ここでの料理担当はノボロであり、それはおやつも例外ではない。
 きっと何を作っても食べる側は喜んで食べてくれるのだろう。
 それは分かっているが、だからと言って毎日似たようなものではノボロの方が納得できない。
 もう少しレパートリーを増やすべきなのかもしれない…。
 そう思いながら、ノボロは別のノートを手に取った。

「…ノボロ」
 唐突に声を掛けられ、振り向く。
 台所の入口のドアの影から、金色の髪がちらりと見えた。
「どうかしましたか、パフィ?」
「えっ…と……」
 パフィはドアの影からおずおずと顔を出す。
 何かを言いたげにしているが、戸惑っているようだった。
「おやつ……」
「すみません、おやつはまだ準備中です」
「ちがう…食べたいのが、あるの……」
 パフィが指でくるりと円を描きながら言う。
「丸いお菓子、ですか?」
 その動作を繰り返すパフィに、ノボロは首を傾げる。
 それに釣られるようにパフィも首を傾げた。
「甘い…の…?」
「お菓子は大体甘いと思いますが」
「……」
 相変わらず、パフィの指は円を描き続けている。
 円の大きさはモンスターボールよりも少し小さいといったところだろうか。
 こんな時、アケビならば彼女の考えていることを読むことができるのだろう。
 いや、ここで当てなければ保護者(?)として失格である気がする。
 現在、得ることのできた情報は形は丸で、甘いということだけ。
 もう少し情報が欲しいところだが、パフィの様子からこれ以上は期待できそうもない。
(丸くて甘い…甘くて丸い…お菓子……)
 レシピノートの中身と照らし合わせながら、答えを導き出そうとする。
 うずまきキャンディ――確かに全体的に見れば丸だが、細長いものが渦巻いているだけだ。
 アップルパイ――では示された大きさよりも、あまりに大きい。
 クッキー――は丸いとは限らないが、そういえば以前作った時は……
「またクッキーが食べたい、違いますか?」
「……」
 パフィの眉が僅かに動く。外れた。
 ノボロがもう一度チャンスを貰おうと口を開く前に、パフィはくるりと向きを変えた。
「…違う、けど今日はそれでいい」
 そう言い残し、廊下をぱたぱたと駆けていく。
 機嫌を損ねた訳ではなさそうだが、まだパフィとの意思疎通はできていないようだ。
 一体何時になったら、彼女と意思疎通ができるようになるのだろうか。
「…とりあえず、今日はクッキーですね」
 ぐだぐだと考えても仕方ない。
 時間はたっぷりとある、少しずつでも通じ合えていけたらいい。
 ノボロは気持ちを切り替えるように、両手をぽんと叩き合わせ、台所に立った。

 ちなみに、後でアケビに聞いてみたところ、パフィが食べたかったのはカップケーキだったようだ。
 どうやらたまたま街頭のテレビで見かけ、非常に興味を持ったらしい。
 ……あのヒントでは分かる訳がない。先はまだ長そうだ。

// [2011.03.31]