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出会いと予感
「いつもシオンから話は聞いてるよ。今日はよろしくね」
「こちらこそよろしくですわ」
 シオンの目の前で握手が交わされる。
 どうしてこうなってしまったのだろう――シオンは何とか原因を探ろうと記憶を辿る。
 二人の共通の知り合いといえば自分なのだから、恐らく原因は自分にあるのだろう。
 ということは自業自得なのだろうか。いや、それでは納得がいかない。
「シオーン、何してるの? ぐずぐずしてると置いてくよ?」
「提案したのはシオンの方ですわよ? 客人を待たせる気ですの?」
「…嗚呼、納得いかないわ」
 ことの発端は前回のお茶会でのこと…だったと思う。
 いつものように、ホウオウの話をして。ホウオウに会いたいと言って。
 その時、たまたまお茶会前にアケビがホウオウが来ているという話をしていて。
 そこでついベルカントにその話をしてしまって―――
「ベルカントちゃん…って長いね。ベルちゃんでいい?」
「友人と被るので却下しますわ」
 何だかよく分からないうちにこうなった。
 とても初対面とは思えない雰囲気で会話を続ける二人を眺めながら、シオンは溜息をつく。
 この二人はシオンが知る限り、最も自由奔放だと思われる二人である。
 そして、これからそのとんでもない来客を迎えるホウオウもさぞ迷惑なことだろう。
 提案してしまったのはシオン自身だが、シオンは心中でホウオウに同情した。
「アケビさんはホウオウ様とお会いしたことがあるんですわよね?」
「そりゃあ、ボクとホウオウ様はそれはもう深い仲だからね」
 髪に留めたホウオウの羽に触れながら、アケビが得意げに言う。
 それはもう深い仲って何だよ…そんなツッコミは心の中で留めておこう。
「まあ、素敵ですわ! アケビさんが一緒ならホウオウ様も姿を眩ましたりしませんわよね!」
「ボクは彼女を愛している…故に、それは愚問ってやつだね」
「あー…ベルカント、あまりソイツの言うこと信じちゃ駄目よ」
「分かってますわ」

 ◇

 既に話は通してあるため、ホウオウの降り立つ場所――スズの塔にはすんなりと入ることができた。
 スズの塔の内部は侵入者対策なのか、試練というやつなのかは分からないが、トラップが張り巡らされている。
「…埃っぽい場所ですわね」
「定期的に掃除しているとはいえ、歴史的な場所なのだから当然よ」
「へえ、一応掃除してたんだね」
 先へ進むには、生身の少年少女だけでは不可能。
 それぞれがそれぞれの相棒の入ったモンスターボールを構える。
「いよかん、お願いっ!」
「頼むよ、カシス」
「出番ですわ、月――」
「ベルカント、ストーップ!!!!!」
 制止されたベルカントは今にも「何でですの?」と言わんばかりの表情を浮かべる。
 そんなベルカントの手を押さえながら、シオンは付け加える。
「ベルカント、普通に飛行要員いたでしょ? そこで何故そのチョイス!?」
「とにかく、このトラップを抜けられれば良いのでしょう?」
「いやいや、スズの塔は木製だから! そこでレシラムなんて出されたら多分倒壊するから!」
「ホウオウ様のための塔なんだから、そこそこ丈夫なんじゃないの?」
「アケビはちょっと黙ってて」
 ベルカントはしぶしぶとボールを持ち変える。
 黙れと言われたアケビは、やれやれとカシスと顔を見合わせた。
「レシラムって、確かイッシュの英雄伝説に出てきた白い竜の名前だよね?」
「あら、アケビさんは詳しいですのね」
「イッシュ地方の歴史は非常に興味深い。個人的にはリュウラセンの塔なんて最高だよ」
「ものすごくアンタの好きそうなスポットが満載の土地よね」
 次の階へと続く梯子を見定めながら、シオンが笑う。
「ボク、エンジュでなければソウリュウに住みたいかもしれない」
「アケビさんはドラゴンがお好きですの?」
「竜は長寿や強さの象徴…イッシュの双竜は地を焼いたそうじゃないか」
「丸で世界征服でも企むかのような言い様ですわね」
「その通り…って言ったら?」
「別に。わたくしには関係ありませんもの」
「残念、惜しかったね」
 端から聞いたらとても繋がっているとは思えないような会話。
 これは会話のキャッチボールではなく、一方的にボールを投げ合っているだけなのではないか。
 そう思えてしまうのだが、どうやら当の二人の間では一応繋がってはいるらしい。
―――実はものすごく気が合うんじゃないかしら。
 最凶タッグ誕生の予感に、シオンは気づかれないように溜息を漏らした。

 ◇

 難なくトラップを躱した三人は、ほどなくして塔の頂上へと辿り着いた。
 手始めに、シオンがホウオウを驚かせないように、そっと頂上へと続く梯子を登る。
「…どう、見える?」
「うーん…ちょっと待って…」
 頂上への侵入を止められた他の二人は、少々不満そうにシオンの様子を見守っていた。
 頂上へと出るには梯子を登らなければならない。
 梯子は木製の簡素な作りで、うっかり下を見てしまうと目が眩みそうになる。
「覗き見なんてまどろっこしいですわ。普通に乗り込めば良いのではなくって?」
「…ベルカントっていつもそうやってたの?」
「ボクは正面からがいいと思うな。不意打ちなんて失礼だよ」
「誰も不意打ちしようなんて言ってないわよ」
 塔の頂上は風が強い。髪を抑えながら、ホウオウの姿を探す。
 最も、頂上はそんなに広くはなく、ホウオウはそれなりの大きさがある。
 すぐに結論は出た。
「……」
「で、いたんですの? いなかったんですの?」
「そろそろどいてくれないかな? パンツ覗くよ〜?」
「覗くとかいうな! 上に履いてるから問題はないけど…」
 一旦梯子を下りて、二人に向き直る。
 ここまできたらもう引き下がることはできないだろう。
「…いらっしゃったわよ」
「あら! では、早速ご挨拶を……」
「えっ!? ベルカント、ちょっと待って!」
「シオン、ちょっとしつこいよ?」
 ベルカントの進行を阻んだシオンに、アケビが詰め寄る。
 妙な迫力に、シオンは思わず後ずさった。
「シオンはそういう家系だし、真面目なことも知ってるけどさ」
「そうですわよ、シオン。ここまできて引き返せなんて言わないですわよね?」
「い、言わないわよ…言わないけど……」
「けど?」
「…ああもう、くれぐれも粗相のないようにね」
 もうシオンの邪魔が入らないと判断した二人は、頂上へと乗り込んだ。
 素直に梯子を使うなど、まどろっこしい。憧れの存在はすぐそこにいる。
 トラップを躱してきたように、最後の障害を相棒の力を借りて飛び越える。
 そして、彼らが頂上の床を踏むのとほぼ同時――
「…あ」
「…あら?」
 塔の主が七色の翼を羽ばたかせ、塔から飛び立った。
 慌てて追いかけるが、塔の主は遠ざかっていく。
「だから、もっと静かにと言ったのよ」
 ホウオウの後ろ姿を眺めるアケビとベルカントの後ろで、シオンが呟いた。
 二人からの反論はない。謎の沈黙に少し不安になる。
 まさか、そんなにショックを受けてしまったのだろうか……。
 もちろん、そんなシオンの不安はあっという間に吹き飛ばされる。
「あーあ、逃げられちゃったね。そんなに照れなくてもいいのに」
「全く、ホウオウ様はシャイな方ですのね」
「…いや、何かもう突っ込むのにも疲れたわ」
 自然と笑いが零れる。
 きっと、姿を見ることができただけでもラッキーなのだろう。
 そういうことにしておこう。挨拶はまた次の機会で。
「ホウオウ様ーっ! また来てくださいね!」
 シオンが小さくなったホウオウの後ろ姿に手を振る。
 ホウオウが少しだけこちらを見たような気がした。

 ◇

「だから、あそこでシオンがもたもたしていなければ、ご挨拶できたかもしれませんの」
「つまりシオンの作戦ミスってところだね。大体神様相手に下手に出てちゃ駄目なんだよ」
「…アンタらは神様を何だと思ってるのよ」
 結局、シオンはスズの塔を降りる間中、延々と責められ続けたのであった。
 確かに、結果的にシオンがもたもたしていたせいで、ホウオウが飛び立ってしまったのだが……
 シオンもそこは気にしていたが、改めてこの二人に言われると何となく納得がいかない。
「ベルカントちゃんはバトル、強そうだね。ボクはまだ弱いけど、いつか勝負してみたいな」
「構いませんわよ。最も、すぐに片をつけて差し上げますけれど」
 シオンの気苦労は余所に、アケビとベルカントは意気投合している。
 類は友を呼ぶとはこういうことなのだろうか。自由人と自由人は引き合うのかもしれない。
「ボク、ベルカントちゃんとは仲良くできそうな気がするんだよね〜」
「奇遇ですわね。わたくしもそう思いますわ」
 にっこりと、見ようによってはにこやかにも不適にも見える笑みを浮かべたハイタッチ。
 シオンの嫌な予感は見事に的中した。
「よろしければ、今度のお茶会はアケビさんもご一緒しません?」
「でも、シオンに男子禁制って言われちゃったんだよね」
「アケビさんは容姿端麗なのだから、女装すれば普通に混ぜて差し上げますわよ」
「女装は嫌だなあ…」
 ここに、主にシオンにとっての最凶タッグが結成。
 きっと、次回のお茶会は平穏なものではなくなるのだろう。
 シオンは本日何度目か分からない溜息をついた。

// [2011.07.11]
(ゲスト:黒紀翼さん宅ベルカントちゃん)