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名前
「ベルカントはいいわよねぇ」
 シオンがぽつりと呟く。
 ベルカントは首を傾げながら、手にしていたカップをテーブルに置いた。
「それは喧嘩を売っていますの?」
「まだ何も言ってないんだけど!?」
「少し先を読んでみただけですわ」
 さらりと言うベルカントに、シオンは溜息をつく。
 紅茶の入ったカップを傾けながら、改めて切り出す。
「カントー地方にシオンタウンって町があるじゃない?」
「ありますわね」
「私の名前もシオンだし、何か町の話をする度にむずむずするのよねぇ」
「そういうものですの?」
「ベルカントは町名と被ることもなさそうよね」
「そうですわね」
 ベルカントはさもどうでもいいといった風に、紅茶を飲むことを再開している。
「まあ、むずむずするってだけなんだけどね……どうも町の話をする度にどきっとしちゃうのよね」
「シオンの……」
「ん?」
「シオンタウンの出身の知り合いがいたということを思い出しただけですわ」
「紛らわしい言い方しないでよ……」

 ひとしきり話して満足したのか、あるいは諦めたのか、それっきりシオンは黙り込む。
 食器の音だけが響く中、その静寂を破ったのはドアの開く音だった。
「あれっ、ベルカントちゃん、来てたの?」
 突然の乱入者は開いたドアを足で蹴ることで閉じながら、ベルカントに笑いかけた。
 抱えている籠には淡紫色の実が山のように入れられている。
「お邪魔してますわ」
「ちょっとアケビ、乙女のお茶会に堂々と混ざってくるなんて、どういう神経してんのよ?」
「丁度良かった。コレ、ボクとシオンだけじゃ食べ切れなさそうだったんだよね」
 シオンの言葉は丸っと無視して、アケビは手にしていた籠の中身を示す。
 その実には縦に亀裂が入り、中から黒い種子の詰まった白い果実が顔を覗かせている。
 とりあえず採ったものを渡されました、といった感じだ。
「頂けるというのなら、頂きますけど……それは何ですの?」
 ベルカントが訝しげに問う。
 アケビは少し眉を潜めながら、籠をテーブルの真ん中に置いた。
「アケビの実」
 しばしの沈黙の後、ベルカントがぽんと手を合わせた。
「まあ、アケビさんがそれを食したら共食いになりますわね!」
「共食いって……ていうか、何かやたら楽しそうじゃない?」
「渡された時、全く同じようなことを言われたよ」
 うんざりそうに実を手にしながら、アケビは溜息をつく。
 それを見たベルカントは、ますます楽しそうに笑みを浮かべた。
「先ほど、シオンも自分の名と同じ名前の町があるとかで悩んでましたけれど……」
「いや、別に悩んでまではいないわよ? ただちょっとむずむずするって――」
「シオン、貴方はまだマシな方ですわ! アケビさんの方がより事態は深刻ですの」
「……仮にアケビが悩んでいるとしたら、そうやってネタにする人がいるからだと思うわ」
「よく考えてもみるべきですわ」
 立ち上がり、アケビの方を真っ直ぐと指したベルカントは、最早人の話など聞いていない。
 こうなったらもう誰にも止められないことはシオンもよく分かっている。
 ちなみにアケビも一度スイッチが入ったら止まらないタイプで、同類だと思う。
 この二人のスイッチが同時に入ってしまったら最後、シオンにとっては頭を抱えるしかないのだが……
「シオンはたかが町名と被っただけ。シオン生まれだとか、シオンに行くだとか言われても、少し気になるだけですわ」
「だからさっきからそう言ってるんだけど…」
「でも、アケビさんの場合はこの実の話をする度に、自らが食べられるかのような錯覚に陥らざるをえないのですわ!」
 この二人が同じ空間にいる場合、普段ならベルカントのテンションがこの辺りまで上がったところでアケビが乗ってきて、シオンの突っ込みが追いつかなくなる。
 しかし、自らをネタにされたアケビは、通常あまり見せることのないような苦い表情を浮かべているだけだった。
 ベルカントも普段ならなかなか弄る対象にできない相手を弄り倒せる絶好の機会であることに気づいたらしく、楽しそうに続ける。
「という訳で、わたくしも自宅に持ち帰って存分に味わわせてもらおうと思いますわ! “アケビの実”を!」
 やたらと「アケビの実」の部分を強調しながら、ベルカントは籠に盛られた実を手に取る。
 幾つか抱えたところで、ふと手を止めた。
「そういえば、アケビって生で食べるものですの? 何か調理法などがあれば、教えて頂きたいですわ!」
「どうしてボクを見るのさ」
 視線で求められたアケビは、うんざりだと言わんばかりに目を背ける。
 当然、それくらいではベルカントは諦めない。
「実を頂いた方からどのように食べたら美味なのか、聞いてませんの? 焼くんですの? 煮込むんですの?」
「何だって良いんじゃない? 多分、そのままでもいけるよ」
「そうですの! 折角だから、生で頂こうと思いますわ! アケビさんのお墨付きですものね!」
 別に墨を付けた訳ではないような…という突っ込みは野暮というもの。
 実を抱えたベルカントは、満面の笑みでシオンの方へと向き直った。
「では、わたくしはそろそろ失礼しようと思いますわ!」
「えーっと……袋、いる?」
「あら、シオンにしては気が利きますのね! 頂きますわ!」

 シオンから紙袋を受け取り、意気揚々と帰路についたベルカントを見送ったシオンは溜息をついた。
 さて、自分も巻き込まれないうちに自室に退散しよう……そう思った矢先に、声が掛けられる。
「……ねえ、シオン」
「なっ、何か!?」
 思わず上擦った声で返事をする。
 呼びかけた当人は、窓の方へと視線を向けている。
「ボク、これから散歩に行こうと思うんだよね」
「そう…あまり暗くならないうちに帰ってきなさいよ?」
「もちろん、シオンも付き合ってくれるよね?」
 そう言って振り向いたアケビは滅多に見せない満面の笑みを浮かべていた。
 もちろん、シオンの選択肢は一つ。
「…よ、喜んで」
 この後、シオンは延々と八つ当たりに付き合わされたのだった。

// [2011.08.27]
(ゲスト:黒紀翼さん宅ベルカントちゃん)