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約束事
「また脅かしに来たの?」
振り向かずに言うシキの後ろに近づく影が止まる。
影はシキにも聞こえるように舌打ちをすると、シキの横に並んだ。
ふん、とそのゴースの少女はそっぽを向く。
「どうしてアンタは私が脅かす前に気づいちゃうのかしら。つまらないじゃない」
このシキと大して変わらないように見えるゴースの少女は、本人曰く実年齢はシキよりもずっと上であるらしい。
最も、シキにはそれが事実であるとしても確かめようもない。
「どうしてと言われてもなあ……。キミこそタワーに来た人を驚かすのは止めたらどう?」
「冗談! 人を脅かすのが私の生き甲斐だもの! アンタ、子供なんだから素直に驚いときなさいよ」
溜息をつきながら彼女は真剣そうに言う。
彼女がイタズラに本気であるらしいことはよく分かる。
祈祷師達が困ったと話しているのをシキもよく耳にしていた。
「そんなこと言われても……。だってキミは幽霊というか、ゴーストタイプじゃない。気配が違うからすぐに分かるよ」
「……気配が違う、ですって?」
ゴースの少女がじっとシキを見る。
「そういえばアンタ、随分と霊感的なものが強いのね」
「よく言われるよ」
「そう……とても美味しそうな魂だわ」
彼女の目が細められる。これは完全に獲物を狙う目だ。
「だからアンタは男なのに祈祷師なんてやってるの?」
「んー、大体合ってるかな。僕の家は元々お母様が祈祷師だったんだけど、僕がもっと幼い時に亡くなったらしくて」
「他に女性がいなかったのね」
「そういうことになるね。お母様はそれは立派な祈祷師だったんだって。だから、僕はお母様に負けないような祈祷師になりたいんだ」
「まあ、そういう変わり種は嫌いじゃないわ」
そう言ってゴースの少女はまじまじとシキの顔を見る。
思わずシキは少しだけ後ずさった。
「ねえ、アナタってもしかしてサキの……」
「……それってお母様のこと? お母様を知っているの?」
「ああ、最近姿を見ないと思ったら道理で……。あの子もなかなか興味深い子だったわ」
しばしの沈黙。ゴースの少女は何かを考えているようだったが、やがて口を開いた。
「ねえ、私と取引しない?」
「取引?」
「そ、アンタの魂を私に寄越しなさい! もちろんすぐにとは言わないわ!」
「それって死後契約みたいな? つまりキミが僕に付きまとうようになるってこと?」
「まあ、そうなるわね。でもそれだけじゃ契約として不公平だし、アンタの要望も聞いてあげるわよ」
「急にそんなこと言われても……」
「早くしないと聞いてあげないわよ?」
そんな理不尽な……と心中でぼやくシキを余所にゴースの少女はけらけらと笑う。
この雰囲気からして、契約とやらを断るような権利はシキにはないだろう。
そもそも魂が欲しいだの、まず契約の内容からよく分からない。
度々命を狙われるようではたまったものではない。
「アンタが出さないなら私が勝手に決めるけど」
「……キミってもの凄く自分勝手だよね」
「アンタってさ、タワーの子たちと仲が良かったわよね」
最早意見を聞いてもらえないことに清々しさすら感じてくる。
彼女はそんなシキの心中を無視するように続ける。
「でも、一緒にバトルするようなパートナーはいないようね」
「彼らはあくまで友達。バトルさせる訳にはいかないよ」
「じゃあ、今日から私がパートナーね! これなら私はアンタを見張りやすいし、アンタもバトルできて一石二鳥でしょう?」
「別に僕はバトルがしたいわけじゃ──」
「それに私、進化したいのよね。それには経験が必要なの。丁度良いわ」
「キミにとってはね」
突っ込む気も失せたシキに、ゴースの少女は満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、決まりね! アンタの名前は?」
「シキだよ。キミは?」
「私はポルクス。確か由来は……冬の星座の何かだったかしら」
「へえ、綺麗な名前だね」
「そりゃあそうよ。アンタの母親が付けてくれた名前だもの」
「ふうん……って、ええっ!?」
「あっ、驚いてるみたいね!」
初めて驚きの表情を浮かべるシキにゴースの少女──ポルクスはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべている。
問い詰めたいところだが、まともに答えてもらえないだろうことはもう分かっている。
まあ、それは追々聞いていくとして──
「何はともあれよろしくね、ポルクス。長い付き合いになりそうだしね」
「そうね、よろしく。……アンタは簡単に死ぬんじゃないわよ」
「……へ?」
そっけない返事の後にぽつりと付け足された言葉に、思わず聞き返す。
当然、答えは返ってこなかった。
「じゃ、そろそろ夜がやってくるし、私は次なるターゲットを探しに行くわ」
「あっ、ポルクスってば……!」
シキの呼び掛けには答えずにポルクスはふらりと浮かび上がると姿を消した。
残されたシキはしばらくポルクスの消えた方を見つめるしかなかった。
突然、死後に魂をよこせなどという理不尽な契約を突きつけてきた少女。
それでいて簡単に死ぬな、などと。一体彼女は何がしたいのか。
「あれって今流行りのツンデレってやつなのかな?」
つまり全ては共に行動する為の口実でしかないのかもしれない。
そこまで考えついて、シキは思わず小さく吹き出した。
二人の奇妙な契約はまだ始まったばかりである。
// [2011.10.17]