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プリン消失事件簿
「という訳で!」
 冷蔵庫に手を掛けながらシオンが切り出す。
 その隣ではどことなくしょんぼりとしたパフィが事の行方を見守っていた。
「私とパフィが楽しみにしていたプリンが冷蔵庫から消えていました。これから食べた犯人を探したいと思います!」
「ちょっと待った」
 高らかに宣言をするシオンに、アケビが割って入る。
 シオンは僅かに眉を顰めながらアケビを見た。
「何かしら?」
「つまりボクらが集められたってことは、シオンはボクやノボロを疑っているってことだよね?」
「仲間を疑うのは関心致しません」
「ええい、食べ物の恨みは恐ろしいのよ! それにアケビ、アンタは第一候補だわ!」
 白々しく顔を見合わせるアケビとノボロに、シオンは人差し指を立てながら言う。
 対するアケビはやれやれと言わんばかりに手を上げて見せただけだった。
「プリン一つでそこまで熱くならなくてもいいんじゃないの?」
「これは由々しき問題よ! 訴えを起こしてもいいレベルだわ!」
「プリンなんてまた買ってくればいいだろう? 大体──」
「プリン、楽しみにしてた……のに……」
 パフィのぽつりと漏らされた一言に厨房が静まりかえる。
 やがて、アケビが決心したように立ち上がった。
「ノボロ、犯人探しだよ。パフィの楽しみにしていたプリンを食べるだなんて、許せないね」
「了解です。この私にかかれば解けない謎はほとんどありません」
「ちょっと待った! その態度差は一体何!?」
「何を言っているのかな? パフィが困っているんだから、協力するのが当然だろう?」
「アンタはさっきまでの自分の発言をよく見直してみるべきね」
「大丈夫だよ、パフィ。パフィのプリンを食べた犯人は必ずボクらが探し出して締め上げるから」
 シオンの言葉は無視して、アケビがパフィに笑いかける。
 シオンは腑に落ちないと言った風に、冷蔵庫に手を乗せた。
「ま、誰が何と言おうと、私にかかれば必ず犯人は見つかるのよ! 見てなさいよ、今から私が冷蔵庫に残された残留思念から──」
「サイコメトリーね。御託はいいから早くしてよ」
「……分かってるわよ」
 冷蔵庫に手を乗せたまま、目を閉じる。慎重に冷蔵庫に残された思念を探──
「シオン、まだ?」
「うるさい! 今集中してるんだから話しかけないで!」
「それくらい一瞬でできなきゃ」
「アケビ、貴方の持っていたESPは特別ですよ。それとシオンを比べては可哀想です」
「アンタらね……言わせておけば……」
「それはともかくとして」
 今にも怒鳴り込みそうなシオンを諫めるように、ノボロが指を立てて見せる。
「シオンのプリンを食べた犯人なら分かりますよ」
「いやまあ、私も大体分かってるんだけど、証拠がないと逃げられるのが定説というか……」
「シオンの未熟なサイコメトリーが確固たる証拠となるとは思えませんが」
「………」
「それよりは目撃証言の方が確かだと思いません? ね、アケビ?」
 一斉に視線がアケビに向けられる。
「シオンのプリンを食べたのはアケビですものね」
「まあ、シオンのものはボクのものも同然だしね」
「違うでしょ!? アンタは何つーことを言い出すんだ!」
「なかなか美味しかったよ、あのプリン」
「ていうかノボロさんも見ていたなら止めなさいよ! 貴方、コイツの保護者でしょ!?」
「まあ、保護者ですって。どうしましょう、アケビ」
「嬉しそうに言われても困るんだけど」
「全く、結局は何だかんだ言いつつ、アンタらが犯人なんじゃないの……」
 それ以上、咎める気も失せたシオンは、深く溜息をつく。
 そこで消えたプリンは一つではなかったことを思い出した。
「てことは、パフィのプリンを食べたのもアケビ?」
「冗談じゃない、ボクがパフィの大切なおやつを食べる訳がないだろう?」
「……何だかものすごく腑に落ちないけど、まあいいわ。じゃあノボロさん?」
「何故私なのですか? それこそ証拠を提示していただかないと」
「そうよねぇ、アンタらは何だかんだでパフィには甘いものね」
「プリン……」
 パフィの視線がじっとシオンを見つめていた。
「今度こそ……シオンの、出番……」
「へ?」
「あれ……」
 パフィが冷蔵庫に触れて見せる。
「そうですよ、シオン。今度こそシオンのサイコメトリーの出番です」
「え、えっと……ノボロさん、何か心当たりとかないのかな〜?」
「残念ながら。情報が少なすぎます」
「さっきまではやる気満々だったんだし、さっさとやっちゃいなよ。ボク、飽きてきたんだけど」
「誰のせいだ、だ・れ・の!」
 シオンは再び溜息をつくと、冷蔵庫に手を乗せる。
 そのまま意識を集中させる。今度は何邪魔も入らなかった。
 見えてきたものから必要な情報を手繰り寄せ──
「よーう、お前ら、皆して集まって何してんだ?」
「よよよヨモ姉っ!?」
 シオンの集中は唐突な来客によって途切れた。
 そんなことは知らないヨモギは、テーブルの上に手にしていた袋を置く。
 それにパフィがいち早く反応した。
「プリン……!」
「ああ、これはパフィの分な」
「ん? パフィの分のプリンがなくなってることを知ってるってことは、パフィのプリンを食べたのはヨモ姉なの?」
 シオンの言葉を聞いたヨモギはけらけらと笑い出した。
「私が幼気な少女の楽しみにしていたプリンを食べるような外道に見えるかい? アケビじゃあるまいし!」
「いや、ボクもパフィのは食べないからね」
「しかし、時に急な来客もあるのさ。そこでパフィの大切なプリンを出させてもらったから、こうして代わりをだね……」
「10%……増量……!」
「そ、目に入ったから、せめてものお詫びってことでね」
 増量と書かれたパッケージを見つめながら、パフィは目を輝かせている。
 その場にいる誰もがその様子に事件が終わったことを感じた……ところでふとシオンが袋の中身に目を留める。
「ヨモ姉、幾つかあるみたいだけど、これって?」
「それは私とアケビたちの分だよ。そろそろ来ている頃合いだと思ってな」
「へえ、流石はヨモギさんだね。シオンと違って気が利くよ」
「私の分も含まれているのでしょうか。ありがとうごさいます」
「まあ、二人も家族みたいなもんだしね! 遠慮はいらないさ!」
 それぞれが各々の分のプリンを袋から取り出していく。やがて袋は空になった。
「……ヨモ姉、私の分がないように思えるのだけど」
「ん? シオンは冷蔵庫にまだあるだろ? 増量が羨ましいなら交換してやるぞ?」
「いや、そうじゃなくて……」
 自分のプリンを食べた張本人の方を見る。
 アケビは既に渡されたプリンを食べ始めていた。
「アンタ、私の分も食べたでしょーが! それ寄越しなさいよ!」
「これはボクがヨモギさんからもらったものなんだけどな」
「人のものを食べておいて、何を偉そうに……」
「おーい、折角のおやつタイムなんだから喧嘩すんなよ?」
「姉さあああん、ちょっとコイツどう思う!? 酷いと思わない!!?」
「食べ物の恨みは何とかっていうし、訴えてもいいんじゃないのか? シオンにできるのなら、だけどな」
 一人、何も解決しなかったシオンの喚きは続く。
 そんな喧騒を余所に、パフィは口一杯にプリンを頬張った。
「ん……とっても、おいしい……」

// [2011.10.28]