Pkmn > [Text]
虹鳥様の戯事
「週刊エンジュ?」
 煎餅を頬張りながら、シオンが首を傾げる。
 机の向かいに座るチヨは難しそうな表情を浮かべながら、煎餅をひらひらと振った。
「そう。エンジュの観光雑誌…だっけ?」
「ええ、まあ……確かにフレンドリィショップで見かけるわね。読んだことないけど」
「この際、中身は問題じゃないんだよ」
 チヨは溜息をつきながら机に突っ伏す。
「……昨日、マーズさんが来たんだよ」
「マーズさんって、あのホウオウ様に仕えてるリザードンよね?」
「そうだよ。ボルケーノの師匠の活きのいいお姉さん」
 チヨの視線がちらりと後ろにいるボルケーノに向く。
「はい、昨日師匠が来まして……その……」
「何よ。主人もパートナーも揃って歯切れが悪いわね」
「だって……ねえ? こういうことを僕らに頼まれても結構困るっていうか」
 チヨが再び溜息をつく。どうやらこの悩みはなかなかに深刻なものであるらしかった。
 自然と聞いているシオンの表情も真剣なものとなる。
「チヨとボルケーノがそんなに困ってるなんて、一体何を頼まれたのよ」
「ひじり様が週刊エンジュを御所望だって」
 しばしの沈黙。
「……は?」
「だから、僕らに週刊エンジュを持ってこいって言うんだよ!」
「……いやいや、ちょっと待って?」
 一瞬、我が耳を疑ったが、どうやら聞き間違えではなかったらしい。
 それでさっきの質問か、とシオンは心中で一人納得する。
「いや、納得できないわ」
「何を一人問答してるのさ、シオン?」
「だって、ホウオウ様が雑誌なんて俗っぽいものを御所望なんてする訳ないじゃないの!」
「それでも、現に直属の部下直々に頼まれてるんだよ、僕らは」
「それに、神族だからこそ俗のことを知るために所望するのではないでしょうか」
「はいはい、分かりましたって」
 チヨとボルケーノに口々に言われ、シオンは渋々と言葉を改めた。話を問題の部分に戻す。
「別に、雑誌なんてどこにでも売っているじゃない。何が問題なの?」
「よく考えてみてよ。週刊だよ?」
「そうね」
「週刊ってことは、一週間ごとに発行されるってこと」
「別に、溜めといて暇のある時に渡せばいいじゃない。ホウオウ様にとっては一週間も一ヶ月も大した時間でないでしょう?」
「いや、ひじり様のことだし『妾はリアルタイムで購読したいのじゃ!』とか言うに決まってるよ……」
 そこでボルケーノが軽く吹き出し、チヨに小突かれる。
「す、すみませ……あまりに物真似が似ていたので」
「でも、僕らは他の地方に出向くことも多いしさ、流石に週刊はなーってこうして悩んでいる訳」
「確かに、チヨは他地方に出向くことも多いものね」
「マーズさんも僕らじゃなくて、シオンとか暇そうな人に頼んでくれればいいのに」
「誰が暇人よ。私だって舞妓修行とかあるんだから。というかマーズさんが直々に買いにくれば良いんじゃないの?」
 再びの沈黙。
「まあ、それが出来ないから頼んでいるんでしょうけど──」
「それだっ!!!」
「えっ!?」
 勢いよく机に乗り出したチヨに、シオンは思わず後ずさった。チヨはこれは名案だと目を輝かせている。
「そうだよ、マーズさんならエンジュ一帯顔パスだし、マーズさんに自分で買いに来てもらえば……!」
「だから、それが出来ないから頼みに来たんじゃないの? そう出来るなら始めからそうしていると思うのだけど」
「いいや、ひじり様のことだから僕らに会うための口実に使うつもりに違いないよ!」
「さり気なくものすごい羨ましいことを……」
「マーズさんが購入しているとなれば、口コミ効果抜群でエンジュ観光も賑わって、ホウオウ信者も増えるに違いないしね!」
「そ、そうかしら……?」
「シオンに相談してみてよかったよ! ありがとう!」
 呆れの溜息をつくシオンに、チヨが満面の笑みを向ける。
 シオンが見惚れる間もなく、チヨは立ち上がるとボルケーノの腕を掴んで駆け出していた。
「そうと決まればマーズさんを召喚して説得しないと!」
「召喚は何か違うような気がします……」

 二人の姿が見えなくなると、シオンは再び溜息をついた。
「私が羨ましいのは、どっちのことなのかしらね」
 いつの間にか煎餅がなくなっている。それじゃあ茶でも煎れようか、とシオンも立ち上がった。

// [2011.11.14]