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可憐な彼
 道の両側に並ぶ洒落た店の数々。遠くに聳え立つ近代的なタワー。
 そんな風景を眺め、シオンはこの場の空気を堪能するかのように大きく伸びをした。
「ここがミアレシティ……! ついに来られたわ!」
 ここはカロス地方ミアレシティ。シオンが住んでいるジョウト地方からは距離がある。
 ずっと興味はあったものの、なかなか訪れる機会もなく、今回ようやく来ることができた。シオンのテンションも自然と上がる。
「もう、シオンったらはしゃぎすぎじゃない?」
「カズラさんは落ち着きすぎよ。感動とかないの?」
「ん〜、私は街の観光じゃなくって、ゲッコウガが見てみたいだけだしね」
 一方、今回の連れであるカズラは落ち着いていた。今回の旅はカズラの提案だったのだが、彼女の目的はしのびポケモン・ゲッコウガを一目見るためであり、シオンの目的とは少々異なる。
 それでも見知らぬ地には多少なりとも感動するものでは、とシオンは内心で零した。
「とりあえず、ここなら大抵のものは揃えられそうだし、そしたら別行動でいいわよね?」
「そうね……というか、カズラさんはいつの間にかいなくなってるじゃない」
「だから、今回はちゃんと先に言ったわよ〜」
 そう言いながら、カズラは小さく舌を出す。これに関しては最早何を言っても無駄なことは分かっているため、もう深くは突っ込まないことにしていた。

「……ん?」
 旅に必要な道具を買い揃えるために歩いていると、ふととある店がシオンの目に留まった。
「うん? あそこのお店が気になる?」
「お店っていうか……」
 正確に言うと、シオンが目に留めたのは店先に貼られていたポスターだった。ピンク色の髪の少女が、この店の商品を持って笑顔でポーズを決めている。
 ポスター自体は何の変哲もない、ありふれたものだろうが、シオンは何かが引っかかっていた。
「うーん、このポスターの子、どこかで……?」
「なぁに、誰かに似てるの?」
 シオンとカズラはポスターに近づき、まじまじと観察する。すると、カズラがぽんと手を打った。
「あ、ヨモギさんにちょっと似てる気がしない?」
「ヨモ姉に? 言われてみれば……そう、なのかな?」
「ちょっと貴方たち!」
 突然、背後から声を掛けられ、シオンとカズラは揃って振り向く。そこにはピンク色の髪の少女――2人が眺めていたポスターに映る本人が立っていた。
 少女は片手を腰に当てると、もう片方の手でシオンとカズラを指す。
「貴方たち、旅の人ね? でも、ミアレシティに来てこのパスチシュールの看板娘、カレンちゃんを知らないだなんて――」
「……あれっ、もしかしてマルバ君?」
 シオンの一言に少女が固まる。
「えっ……マルバ君、だよね?」
「いやっ、その、何でシオンちゃんがここに……!? じゃなくって!!」
 マルバと呼ばれた少女――いや、少年はきょろきょろと辺りを見回した後、くるりと向きを変えて駆け出そうとした。
「人違いですぅ!!」
「ちょっと、何で逃げるの!? 今、名乗る前に私の名前を呼んだでしょ!?」
「し、知らないもの! 違うもの! 私はパスチシュールの社長秘書兼看板娘のカレンだもの!」
 逃げようとするカレンの服の裾をシオンが引っ張って引き留める。
 ポスターでは分からなかったが、こうしてシオンと並ぶとカレンの方が背が高い。そんなシオンとカレンの光景に首を傾げながら、カズラはひとまずその場を収めることにした。
「まあまあ、お2人さん。こんな通りの真ん中でも何だし、積もる話はどこかに腰を落ち着けてしない?」
 ふと2人が辺りを見回すと、通行人たちがちらちらと視線を投げかけている。どうやら逃げられないと判断したカレンは、観念したようにカズラの言葉に従った。
「そうね……この近くに行きつけのお店があるの。私が奢るから、そこでゆっくり話しましょ」

 ◇

「……で、結局シオンとマルバ君はどういう関係なの?」
 喫茶店で各々メニューを頼み、一息ついたところで改めてカズラが切り出した。相変わらず本人の希望する呼び方で呼んでもらえないカレンは、少しむっとしている。
「マルバ君はヨモ姉の弟よ。つまり私のいとこね」
「ああなるほど、だからヨモギさんと似ている気がしたのね!」
「私は……そんなに似ているとは思わないのだけれど」
 カレンは面白くなさそうに髪をくるくると指で弄ぶ。シオンはカレンを頭から足先までじっと見た後、頷いた。
「まあ、そういうのは自分じゃ分からないって言うしね。やっぱり似てるわよ」
「そうかなぁ」
「そういえば、マルバ君がカロスに来てから随分経つけど、ヨモ姉とは連絡取ってるの?」
 カレンの髪を弄ぶ手が止まる。どうやら図星のようだ。シオンもヨモギからカレンの話題を聞いた記憶がほとんどないため、予想通りの反応である。
 最も、ヨモギのことだから、仮に連絡を取っていたとしても話題にしなかったかもしれないが。
「確か、マルバ君がこっちに来て、もう10年くらいよね? 1度も連絡取ってないの?」
「ま、全くという訳ではないわよ。いや、私は連絡したことないけど……コギリさんは母様と定期的に話しているみたいだし」
「コギリさんって……ああ、今の保護者だっけ? というかマルバ君、もしかして気にしてる?」
「………」
 先程から歯切れの悪いカレンだったが、シオンの言葉についには俯き黙り込んでしまう。シオンは小さく溜息を吐くと、眼前に置かれたミアレガレットを1つ口に入れた。
「さっきは自信満々に看板娘だなんて名乗っていたのに、身内相手となるとしおらしくなるのね」
「だって……私はずっと母様に憧れていたんだもの。舞台で舞う母様はとっても綺麗で、小さい頃は自分も頑張ればああなれる、って信じてた」
「エストラさんに今の自分を見せるのが怖いってこと?」
 カレンが勢いよく顔を上げる。何かを言いかけるが上手く言葉にならなかったのか口を噤み、再び俯く。
 少し間を置いて、ようやくカレンは言葉を発した。
「そう……じゃない。ただ、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からないだけよ」
「ふーん」
 しばしの沈黙。それを破ったのは、店に設置されていたテレビから聞こえたとあるCMだった。
『パスチシュールなら貴方の欲しいものがきっと見つかります!』
 テレビ画面では、着飾ったカレンが満面の笑みでポーズを決めている。映像を眺めていたシオンがぽつりと呟いた。
「でも、私には今のマルバ君の方が生き生きしてるように見えるけど」
「そ、そうかしら?」
 シオンの発した予想外の言葉に、カレンが首を傾げる。
「それに、何て言うのかしら。何だか色気が出たよね、マルバ君」
「……んもうっ、シオンちゃんもしばらく見ないうちにイイ女になったわねっ!」
 感極まったカレンは勢いよく立ち上がり、シオンに抱き着いく。
「ちょ、ちょっとマルバ君!? セクハラで訴えるわよ!??」
「わ〜、しばらく見ないうちにツッコミも痛くなってる!」

 言い争いを続けるシオンとカレンを眺めながら、すっかり蚊帳の外だったカズラは小さく微笑んだ。
「ふふっ、これにて一件落着かしらね。あ、お姉さん、パフェ1つ追加ね!」
 その後、勝手に注文を重ねるだけ重ねて姿を消したカズラのせいでカレンの財布が悲鳴を上げたのはまた別のお話。

// [2017.07.07]