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胡蝶は掴めない
「………」
 机を挟んで向かい側に座る彼の姿をじっと見つめる。突然この屋敷にやってきた……いや、戻ってきた彼は、自分がやってくる前にここで暮らしていたらしい。
「カレンちゃん、どうかしましたか?」
「……いえ、何でも」
 カレンの視線に気づいたファルが首を傾げる。それに対して、誤魔化しながら視線を逸らす。
 少し間を置いて、カレンは再びファルに視線を向け、意を決したように問いかけた。
「あの、ファルさんは……その……コギリさんとはどういう関係なんですか?」
「僕とコギリ君、ですか?」
 思いもよらない質問だったのか、ファルはきょとんとしている。真剣な表情で返答を待つカレンに、少し考え込んだ後、小さく笑みを浮かべながら答えた。
「ただの友人で、ただの芸術家とパトロンですよ」
「……そう、ですか……」
 それはコギリから聞かされたのと同じ、何ということのない返答だった。
 そもそも彼らの関係が言葉通りなら他の答えが返ってくるはずもない。それでも何かあるのでは、なんて疑いを持ってしまう自分が少し恨めしい。
 そんなことを考えていると、今度はファルがカレンに問いかけた。
「カレンちゃん、もしかして僕に嫉妬してます?」
「えっ!? いやっ、そんなことは……えーっと……はい」
 取り乱した時点で肯定したようなものだろう。観念してカレンは本心を告げる。
 それを聞いたファルは、どこか楽しそうに笑みを浮かべた。
「ふふっ、カレンちゃんは本当にコギリ君のことが好きなんですね」
「うう……だからと言って、ファルさんに嫉妬してるなんて、自分でもちょっとどうかしてると思ってます……」
「僕は気にしてませんよ。というか、僕はコギリ君のことは友人として好きですが、それ以上でも以下でもないので安心してください」
 そう変わらぬ調子で告げるファルは、本心を述べているに違いなかった。そもそも「ビビヨンちゃんが恋人です」なんて言ってしまうくらいなのだから、本当に自分の感情は杞憂なのだろう。
 そう納得しかけたカレンだったが、ファルの次の言葉に耳を疑う。
「まあ、コギリ君はその限りとは言い切れませんが……」
「えっ……それってつまり、元彼みたいな……?」
「違いますよ〜。コギリ君があまりにもあからさまだったので、先に釘を刺したというか……まあ、簡単に言うと、きちんと告白される前にフりました」
「えっ……ええ〜っ!?」
 淡々と述べるファルの様子から、本当にファル自身はコギリに対して“そういう感情”は抱いていないのだと伝わってくる。きっとコギリもこんな風に淡々と“釘を刺された”のだろうと思うと、少しだけ同情の念も湧いてくる。
「だから、カレンちゃんに初めて会った時、嬉しかったんです。コギリ君はちゃんと、自分のことを想ってくれる大切な人と出会えたんだなあって。何だかんだで、ちょっと心配でもありましたから」
「……そっか。ファルさんもコギリさんのことを大切に想っているんですね」
「はい。コギリ君は僕が夢を追うのを助けてくれた……僕の1番のファンだと言ってくれた大切な人です。それは変わりません」
 どちらからともなく笑顔になる。先程までカレンが抱いていた警戒心は、すっかりなくなっていた。
「ねえ、ファルさん、今度一緒にスイーツでも食べに行きましょ! 前にファルさんがオススメしてたお店、私も気になっていたの」
「いいですね。コギリ君は抜きで行きましょうか」

// [2019.01.14]